創造するピアニスト、ファジル・サイ── 演奏と創作が響き合う世界を体感!

©Marco Borggreve

 ファジル・サイはいつだって正直だ。赤裸々で、剝き出しで、痛いほどに。

 彼にとって、音楽は生きることに他ならず、それはまず橋を架けることだからだ。作曲や即興においてはかぎりなく自分自身に近いとしても、他者の作品を演奏するには自他の世界を橋で結ばなくてはならない。そのために勇敢に身を賭してきたのが、ファジル・サイという音楽家である。

 どれほど苦しくとも、困難にみえようとも、そこにはつねに他者を理解しようとする努力と喜びがあり、人間としての共感が血として通う。あれほど自由自在なピアニストであっても、身体は心より先には動かない。それがファジル・サイという人間の真率さだ。

 だから、どのレパートリーも切実なのだが、バッハ、モーツァルト、そしてサイ自身は当初から格別に重要な位置をしめてきた作曲家である。バッハの宇宙に橋を渡すのはサイにとっても大事業のはずだが、得意の「ゴルトベルク変奏曲」では独特なリズムの才覚を揮いつつ、即興的な変奏をあたかも変装するように活き活きと織りなしていくだろう。「トルコ行進曲」が有名なイ長調ソナタK.331も変奏曲ではじまるが、モーツァルトはサイの愉快な遊び相手のようだ。聴いているほうも、いっしょに楽しくなる。

 多様な編成で多作をものしてきたサイにとって、自作の「ブラック・アース」は代名詞ともなったピアノ・スタンダード。だが、籠められる怒りや悲しみの表情はときどきに異なってくる。

 そう、ファジル・サイの音楽は生ものだから、ライブで聴く、その才気に生で触れるのが、なによりだ。

文:青澤隆明

(ぶらあぼ2026年8月号より)

ファジル・サイ 《ゴルトベルク×トルコ行進曲×ブラック・アース》
10/12(月・祝)14:00 名古屋/しらかわホール(東海テレビ放送 事業部052-954-1107)
10/13(火)19:00 東京/第一生命ホール(チケットスペース03-3234-9999)
10/14(水)19:00 大阪/住友生命いずみホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
https://avex.jp/classics/fazilsay2026


青澤隆明 Takaakira Aosawa

書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
https://x.com/TakaakiraAosawa