
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
フリューゲルホルンに願いをかけて
本番直前、巨大なさいたまスーパーアリーナのフロアを目の前にしても、栗原清花(さやか)はさほど緊張していなかった。

マーチングの頂点の大会、マーチングバンド全国大会。清花が副部長を務める関東学院マーチングバンドは強豪ひしめく中編成部門に挑もうとしていた。中1からマーチングに明け暮れてきたが、高3の清花にとってはこれが最後の大会。「緊張するより楽しもう」という気持ちが強かった。
手にしているのはトランペットとフリューゲルホルン。パブロ・ピカソの芸術をテーマにしたショーの中で楽器を持ち替え、ソロを吹くのだ。
(お願い、よろしくね!)
清花は心の中で銀色に輝くフリューゲルにそう語りかけると、仲間たちとともにライトグレーのフロアへと駆け出していった。
ハンディキャップをはねのけて
関東学院中学校高等学校(神奈川県横浜市)の部活動である関東学院マーチングバンドは1952年創部。日本最古の学生マーチングバンドと言われている。全国大会には実に46回出場し、グランプリ6回を獲得している。

なお、関東学院は高校からの外部入学がない、完全中高一貫校だ。
強豪バンドは練習時間が多いと思われがちだが、同部OBで音楽監督を務める上杉雄一先生は「全国レベルのバンドの中ではいちばん練習時間が短いかもしれません」と語る。
部活は大会前などを除いて週2日休み。平日は1日2時間だけだ。この限られた時間で複雑なドリルを作り上げるのは驚異としか言いようがない。演奏、パフォーマンス、そして、その融合——。高度かつ緻密なマーチングを形にし、ライバルと肩を並べるには、練習時間の短さは条件的には不利なはずだ。
しかも、2025年度は64人の部員のうち半数近い29人が中学生だった。一方、他校は高校3年生を主力としたメンバーで大会に挑んでくる。
そんなハンディキャップをはねのけて、関東学院は昨年もマーチングバンド全国大会への出場を成し遂げたのだった。
先輩から後輩へ受け継がれてきたもの
清花は幼いころから、関東学院マーチングバンド出身の母の思い出話を聞き、憧れを抱いていた。
「私も関東学院でマーチングがしたい!」
小学校ではブラスバンドのクラブでトランペットを吹いていた清花は、中学受験をして関東学院に入った。
入部して数日後には早くもマーチングの動きを教えられた。リアマーチ(後ろ向きに進むこと)の練習では、心の中で「そんなのできるわけない!」と悲鳴を上げながら取り組んだことをいまでも覚えている。
清花が高3になった2025年春、新たに中1が入部してきた。
まだ小学生のように幼さが残る後輩たちだが、数カ月には一緒に大会に出ることになる。関東学院では中1から高3まで全部員がレギュラーなのだ。しかも、出場するのは高等学校の部だ。

だから、中1をできるだけ早く高校生に近いレベルにまで育てなければいけない。ただ、清花はかつて自分が苦労した経験を忘れていなかった。どうやったら初心者ばかりの後輩たちが部活を楽しみ、心が折れてしまうことなく、マーチングを好きになってくれるのか——。それには、まず褒めることだ。
「とりあえず、歩けてるだけでもすごいよ!だから、大変だと思うけど、あとちょっとだけ頑張ろっか!」
そうやって中1のモチベーションを維持しながら指導した。
清花の夢は教師になってマーチングの指導をすることだった。しかし、実際にやってみると、「人に何かを教えるって大変なことなんだな」と思わずにはいられなかった。
清花以外の高3も熱心に指導にあたった。また、中1もそれに応えて期待以上の頑張りを見せた。先輩から後輩へ——。きっと清花の母たちの時代もそうやってマーチングを伝えてきたのだろう。それがいま、娘の自分にも伝わり、さらに自分から後輩へまた伝わっていこうとしている。
関東学院は70年以上、そうやって絆を紡ぎ続けてきたのだ。

マーチングでピカソを表現
2025年度、マーチングバンドの大会で披露するショーはパブロ・ピカソの芸術がモチーフだった。
ショーの中盤あたり、静かなバラードの部分にはフリューゲルホルンのソロがある。そのソリストに清花は選ばれた。
実は、高2のときもショーの中でソロを吹く予定だった。しかし、大事な大会前に調子を落とし、ソリストを同期の川内茉央に譲った苦い記憶があった。
しかし、それも納得だった。茉央は何度もマーチング日本一に輝く名門小学校から来たスーパートランペッター。関東学院のエースであり、清花にとっては自慢の同期だった。
「楽器では茉央にかなわない。私は楽器はそれなりでいいから、動きのほうを頑張ろう」
そう思ったこともあった。
しかし、ピカソでフリューゲルホルンのソロを任せてもらうことになり、やはり嬉しかった。

「大事なところを任されるなんて光栄なことだ」
一方、責任も感じるし、フリューゲルを吹くのも初めてだった。
フリューゲルは、形はトランペットに似ているし、奏法も同じ。だが、実際に演奏してみると、トランペットと吹奏感が違い、多くの息を必要とする楽器だとわかった。ショーの中では、トランペットからフリューゲルに持ち替えてすぐにソロを吹く。感覚や吹き方を切り替えるのが難しかった。
清花はマウスピースを変えるなど工夫をしながら練習を重ね、少しずつだが着実にフリューゲルを自分のものにしていった。
そんな清花の様子を、上杉先生も目を細めて見守っていた。
「決して器用な子ではないが、亀のように地道に努力を重ね、成長してくれた」
後輩を育てながら、自分の練習も怠らない。また、部活が終わると予備校へ行き、寝落ちしかけながらも夜まで受験勉強をした。
ソリストたちの涙
ピカソのショーでは、清花を含めた高3の3人が順番にソロをつないでいくことになっていた。最初に菅(かん)洋一郎がユーフォニアムでソロを奏で、続いて清花のフリューゲルソロ、そして、最後が茉央のトランペットソロだ。
洋一郎は、茉央と同じ名門小学校でマーチング日本一を経験してきた部員だ。だが、今年度は苦しむことが多かった。
洋一郎は高3に進級すると、受験勉強を集中しておこなうために4月から7月まで部活を休んだ。上杉先生も「受験のための休部は、それまで頑張ってきた高3の特権だ」と認めている。
しかし、いざ部活に復帰してみると、洋一郎は3カ月間部活に没頭してきた同期と溝を感じてしまった。うまく会話ができず、部活中もひとりでいることが多かった。
その後、8月の夏合宿の食事中に、他愛のない会話がきっかけで自然と会話ができるようになった。そこからは元どおりになれたものの、精神的に厳しい孤独な1カ月間だった。

清花や茉央とともに奏でるソロも、自分がトップバッターだけにプレッシャーが大きかった。
県大会ではうまく吹けたが、全国大会出場をかけた関東大会の前には最終調整で思うような演奏ができず、出番を待つ間も涙が止まらなかった。そして、不安な感情を抱えたまま本番に臨み、ソロで音を外してしまった。
「もし全国大会に行けなかったら、僕のせいだ……」
絶望に打ちひしがれたが、関東学院は見事代表を勝ち取った。
「全国大会こそは、ソロを成功させてみせる!」
洋一郎はそう誓った。
実は、洋一郎だけでなく、スーパープレイヤーの茉央も関東大会のソロでミスをしていた。
もともと茉央はゆったりとしたバラードの演奏が苦手だった。練習からソロの部分に苦戦し、県大会で失敗。さらに、大事な関東大会でもソロはうまくいかなかった。
会場から学校に帰るバスの中で、茉央はひとり涙を流した。洋一郎と同じように、全国大会出場を逃すかもしれない不安と自分の責任に押しつぶされそうになっていたのだ。
清花、洋一郎、茉央——3人のソリストはそれぞれに「絶対成功させる」という決意を抱き、いよいよ最後のマーチングバンド全国大会に挑んだのだった。

伝統校の物語は続いていく
12月7日、さいたまスーパーアリーナで国内マーチングの最高峰、マーチングバンド全国大会・高等学校の部が開催された。
関東学院マーチングバンドの出番は中編成の2番目だった。清花や洋一郎、茉央、さらに急速な成長を遂げた中1メンバーを含めた64人は巨大なフロアで楽器やプロップなどを並べ、配置についた。
(よろしくね!)
清花はソロで使うフリューゲルホルンにそう語りかけると、スタンドに置き、ポジションについた。
指揮台の上でドラムメジャーが指揮を始め、演奏・演技がスタートした。迫力のある管楽器の演奏、バッテリーとピットの打楽器隊は音楽をリズミカルに推進させ、カラーガード隊が華やかな演技で魅せる。
芸術を追求するパブロ・ピカソがキュビズムという斬新な形式を生み出し、その美が開花していく様子がマーチングによって描き出されていく。
いよいよ3人のソロの場面が訪れた。緊張がピークになる。まず、洋一郎のソロ。ふくよかなユーフォニアムの音が美しく会場に響いた。成功だ。その勢いに乗り、清花と茉央もソロを成功させた。苦しみながら積み重ねてきたものが、最高の舞台で結実したのだ。

3人だけではない。64人全員が自分自身と向き合い、戦い、成長してきた。数々のハンディキャップも跳ね返してきた。
そして、一人ひとりが線となり、色となって、さいたまスーパーアリーナに壮大なアートを現出させた。
関東学院のショーの終わりを告げる一音が華々しく響き終わると、清花は笑顔を輝かせながら客席を見上げた。
(めっちゃよかったよね!? 感動したよね!?)
大きな歓声を浴びながら、清花は心の中でそう叫んだ。やりきった、みんなでやりきれた——そんな実感が体を震わせていた。
♪
審査結果は銀賞だった。目指していた金賞には手が届かず、洋一郎や茉央は悔しがっていた。だが、清花は「銀賞だからといって、やってきたことの価値が変わるわけじゃない」と思っていた。
「これで、全部終わりにできる……」
すっきりした気持ちだった。6年間続けてきた関東学院でのマーチング、生活の中心は部活だった。やれるだけのことはやった。
「趣味も特技もなく、インドア派の私にとって、マーチングは唯一自信を持てるものになった。あっという間の6年間だったなぁ」
清花はいつか教師としてこの場所に戻ってくることを夢見ながら、後輩たちへとバトンを託し、関東学院を巣立っていった。その表情は、どんなメダルよりも眩しく、晴れやかだった。

『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス
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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)
世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。


