
文:青澤隆明
四月はもっとも残酷な月だ、と述べたのはT.S.エリオットで、四月になれば、ぼくは毎年そのことを思い出しながら、桜を眺めて歩いたり、惰眠を貪ったりする。それから、五月は麗しい月。驚くほど美しいのは、ハイネの心がシューマンの恋を揺さぶったからだ。
「たれでもその歌をうたえる
それは五月のうた
ぼくも知らない ぼくたちの
新しい光の季節のうた」
と詠ったのはしかし寺山修司である。『われに五月を』と言った彼は五月に生まれ、五月に亡くなった。こうしてうたい出される「少女に」というソネットを、ぼくは十代の頃から健気に愛してきたのだった。
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ゴールデンウィークに黄金の弱さを発揮するぼくでも、風薫る季節のなかを歩くのは気持ちがいいものだ。それで、いつもより外に出たくなるが、結局向かうところは街中なのだった。
『街の声を聴きに』というのは、利重剛のエッセイ集のタイトルだ。「いちばん好きな日本の映画監督は?」ときかれるたびに、ぼくはいつもこの名前を唱えてきたけれど、どこかさみしい気がしていたのは、長いあいだ利重監督の新しい長篇映画が観られなかったからである。俳優としての素晴らしい活躍を目にするにつけ、そろそろ新作が観たいなと焦がれていた。
でも、それがなんだというのだ。「ザジ ZAZIE」があり、「エレファント・ソング」がある。そのうえ「BeRLin」があって、「クロエ」まであるのだ。それだけで、ぼくの二十代はほぼカヴァーされる。ジム・ジャームッシュの「パーネント・バケーション」から「ゴースト・ドッグ」が十代から二十代に浸透したのと同じくらい、それはぼくにとって、とても重要なことなのだ。

『ラプソディ・ラプソディ』は利重剛監督の実に13年ぶりとなる長篇作で、だから公開の翌日に、そわそわして観に行った。なぜ五月二日かというと、ちょうどシネマリンでの上映で舞台挨拶があったから。そのまえには高橋アキがモートン・フェルドマンを弾くのを、紅葉坂の音楽堂で聴くことにしてもいた。長いコンサートになるのだろうが(実際4曲で4時間弱だった)、そこからシネマリンは歩いてもすぐ。五月はじめの天気のよい夕方である。横浜の映画だから横浜で、それもシネマリンで観るのがいちばんだ。
会社員の男が見知らぬ女性と勝手に結婚させられていた、というところから始まる風変わりなストーリー。「絶対に怒らない男 meets 触るもの全て壊してしまう女」という触れ込みどおり、大人になれないボーイ・ミーツ・ガールもののハートフル・コメディ、とざっくりとはまとめられようが、もちろん人にはそれぞれ事情がある。

利重監督は新作の上演前に「人と人がどんどん離れていく時代に、人と人が少しずつ近づいていく映画があってもいいと思った」というふうに語った。こういうことをずっとまっとうに、どんな時代でも怖気づかず、まっすぐ言い続けてきたのが、利重剛という人なのだ。
「横浜は出会いの街」だから、このストーリーの舞台にぴったりだ。そして「横浜はジャズの街」、だから音楽は、全篇担当はこれが初めてとなる大西順子にお願いしてみた。ヒロインの繁子を真摯に演じきった呉城久美の隣に立って、監督は飾らずにそう話した。
それだけ言えばもう十分だ。ぼくがここで付け足すことなんてない。意外な設定から、心と心が少しずつ素直に噛み合っていく様子を、ていねいに温かくみつめていく監督のまなざしはむかしからずっと変わらないけれど、これがさらにやわらかく、包み込むようになっている。張り詰めた気持ちがとける感じは、そのぶんやさしくなっているかもしれない。まわりのみんなを信じているのも、曲がらずに諦めずにいるのも、まったくそのままだ。「これからだぜ」というザジの声が、いつまでも色褪せず、ずっとぼくの心に響いてきたように。

高橋一生と呉城久美が突然の夫婦をとても魅力的に演じきり、なりゆきを大事に見守る利重剛、芹澤興人、そして池脇千鶴の表情がひとつひとつ心に残るのは、彼らがそれぞれの人間を真心で思いやっているからだ。そうでなければ、あんな顔はできっこないし、こんな気持ちになるはずがない。そして、その誰もが利重剛という人の、彼自身の言葉でいう「利重人格」の映し絵のひとりひとりであるからに違いない。だから、ラプソディがほんとうに大切なストーリーになって、しかもミラクルな夢のようにやさしく息づくのだ。
この世界には生きているだけでありがたいと思える人がいる、それだけでまわりを良くしている人がいる。利重剛という人はほんとうにそういう人なのだ、とスクリーンをみつめるうちにじんわりと思って、ぼくは涙が止まらなくなった。そうして、映画の愛おしく忘れがたいラストシーンは訪れた。
だから、べつのことを書こうとしてはじめたのに(ジャン=クロード・ペヌティエのピアノのことは、またこんど)、こういう話になってしまった。できるだけこの映画を観てほしい、そう自然とつよく思っていたからだろう。評するとかそういうことはいったんおいて、ここでは好きなことを好きなように綴っていたい。「この絵が好きだ」と言えばいい、そう教えてくれたのも、ザジであり、ブンさんであり、つまりは利重さんなのだから。
そうして、この文はただ、好きだというひとつのことしか言っていない。この映画がいま生まれたこと、こういう作品をていねいに創る人たち、届ける人たちが生きているということがどれだけうれしいか、どれだけ心づよく思えるかを、ぼくはシンプルに感謝として伝えたいだけなのだ。
あとは、やっぱり映画じゃなくちゃ、街じゃなくちゃ、と思ったこと。音楽の活かしかたも明朗で、品よく愉快だ。大西順子が仲間たちと奏でるジャズが適度な懐かしさを醸し出して、あたたかく情景を弾ませている。ひとつ、クラシックと関係があることも言っておくと、結びにあの曲がおもしろおかしく、やさしく流れます。


『ラプソディ・ラプソディ』
高橋一生 呉城久美
利重 剛 芹澤興人 大方斐紗子 関口和之(友情出演) / 池脇千鶴
監督・脚本:利重 剛 音楽:大西順子
プロデューサー:中村高寛 利重 剛
撮影:池田直矢 照明:舘野秀樹 録音:小川 武 美術:林 チナ 趙 心智
スタイリスト:浜井貴子 衣装:吉田直美 ヘアメイク:宮崎智子 編集:小野寺絵美
助監督:近藤有希 制作担当:森満康巳 俳優担当:大崎章 プロデューサー補:後藤清子 スチル:森 日出夫
製作:利重 剛 後援:横浜市中区役所 配給:ビターズ・エンド
2026/日本/カラー/DCP/5.1ch/106分/G
公式HP:https://www.bitters.co.jp/rhapsody/
公式X:@Rhapsody_movie
#ラプソディ・ラプソディ #映画ラプラプ
配給・問:ビターズ・エンド03-5774-0210

青澤隆明 Takaakira Aosawa
書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
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