空は澄んでいながらも、まだ肌寒い3月半ばのミュンヘン。本拠地ガスタイクの長期改装中のため、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の代替会場になっているイザール・フィルハーモニーを初めて訪れた。
もともと工業用の施設として建てられた古い部分をホワイエに使い、その隣に豊田泰久が音響設計したホールを接続させた新旧の融合は、建築的にも興味深い。ちょうどこの日、ラハフ・シャニが首席指揮者に就任する2026/27年シーズンの概要が発表された。シェフ不在の4年を経て、いよいよ新時代が始まるという期待感は、地元の聴衆であふれたホワイエでも感じられた。

コンサートの開演前、ヴァイオリンの青木尚佳に話を聞いた。楽団史上初の女性コンサートマスターとして青木が入団したのは2021年。その翌年には、ロシアのウクライナ侵攻に伴う首席指揮者ヴァレリー・ゲルギエフの解任という予期せぬ出来事も経験したが、今やすっかりミュンヘン・フィルの新しい顔として充実した日々を送っているようだ。現在この楽団には、青木を含めて6人の日本人メンバーが在籍しているという。
「ミュンヘン・フィルはとてもインターナショナルなオーケストラです。多国籍でありながらも、長年培ってきた理想の音、つまり『柔らかく、決して鋭くなりすぎない音』への共通認識がしっかり根付いていることが大きな強みだと思います」
シャニがミュンヘン・フィルを初めて指揮したのは、2022年9月のこと。青木はその時の印象をこう振り返る。

「ベルリオーズの『幻想交響曲』だったのですが、若いのに非常に堂々としていて、自分のやりたい音楽を明確に示しつつも、オーケストラを信頼して任せてくれる。そこがとてもやりやすかった。ツアーでもご一緒して、団員の雰囲気がよかったのを覚えています」
この夜の定期演奏会は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番(独奏はルドルフ・ブッフビンダー)と、5月の日本公演と同じブラームスの交響曲第4番。とりわけ後半のブラームスが白眉だった。シャニという指揮者は、どの楽団相手でも求心力のある棒を示し、音楽を太い流れのなかで表現できる人だが、ブラームスの「第4番」のような小細工の効かない作品では、そのすぐれた音楽性が一層生きる。生身の人間の自然な呼吸のように始まる冒頭から、閃光のような鋭さでエネルギーが放出される終楽章のコーダまで、あっという間だった。もちろん、力で押す一辺倒の演奏ではない。第2楽章で、ミュンヘン・フィルならではの角の取れた柔らかい音を随所で聴けたのも嬉しかった。

カーテンコールでは、花束をもらったシャニが、それを持って真っ先に第4楽章で見事なフルート・ソロを披露したベテランのミヒャエル・マルティン・コフラーのもとに駆け寄ったのが印象的だった。この日トップサイドに座った青木は、シャニへの期待をこう述べる。「ラハフと私は歳が近く、忌憚なくコミュニケーションが取れる関係にあります。ミュンヘン・フィルが歩んできた本質を見失うことなく、これから一緒に新しいものを作っていけるのが楽しみです」
共通の音の理想を胸に、若手からベテランまで、今のミュンヘン・フィルはいい具合に融合しているようだ。シャニとの輝かしい時代の幕開けを予感させる夕べだった。
取材・文:中村真人(音楽ジャーナリスト/ベルリン在住)
ラハフ・シャニ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
JAPAN TOUR 2026
2026.5/11(月)19:00 サントリーホール
出演
ラハフ・シャニ(指揮)
チョ・ソンジン(ピアノ)
プログラム
モーツァルト:オペラ「後宮からの誘拐」K.384 序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 op.15
マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」
2026.5/12(火)19:00 サントリーホール
出演
ラハフ・シャニ(指揮)
チョ・ソンジン(ピアノ)
プログラム
ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」op.84 序曲
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op.16
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98
問:カジモト・イープラス050-3185-6728
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