瀬戸内海に面し、本州と四国の間の島々をつなぐ「しまなみ海道」でも有名な広島県・尾道市。美しい自然と風情溢れる街並みで多くの観光客を惹きつけるこのまちで毎年、小学生から音大生、さらには一般の愛好家まで幅広い受講生が室内楽を学ぶ「アンサンブルアカデミーinしまなみ」が行われています。プロの奏者と数日間にわたり音楽づくりを重ね、最終日にその成果を演奏会で披露するのが大きな特徴ですが、講師陣には小林壱成さん(ヴァイオリン)、笹沼樹さん(チェロ)、幣隆太朗さん(コントラバス)ら、内外で活躍する演奏家の皆さんが名を連ねています。 今年は受講生・講師あわせ約120名が、市街地から渡船で結ばれた向島(むかいしま)に集結する「アンサンブルアカデミーinしまなみ」。連動して開催される音楽祭「しまなみ音楽休暇村」は、生口島(いくちじま)ほか周辺の地域へと舞台を展開するなど、尾道のまちに音楽の輪を広げています。「アカデミー」&「音楽休暇村」の主催者で、フランス国立オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ管弦楽団のコンサートマスターとして活躍するヴァイオリニストの小島燎(こじま・りょう)さんにお話を聞きました。

「若い演奏家にもっと室内楽を」――父の想いを受け継いで
――「アンサンブルアカデミーinしまなみ」は、お父様の小島秀夫さん(元広島交響楽団コンサートマスター)が1999年に始められた「室内楽の会」を出発点にしているのですね。
父は1941年生まれ、原爆で焼け野原となった広島でヴァイオリンをはじめました。本格的に音楽の道に進みたいという思いから、武蔵野音楽大学に入学しましたが、そこでいかに自分が遅れていたかということに気が付いたといいます。そこから必死で練習して遅れを取り戻し、NHK交響楽団に入団しました。故郷・広島と東京の音楽文化・教育の格差を埋めたいという気持ちはずっと持ち続けていて、1980年に当時プロ化して間もなかった広響に移籍しました。とりわけ室内楽に関しては、音大に行っても十分に学べないですし、地方ではそもそもその機会がない。そうした状況を変えたいという思いが根底にあったと思います。

――幼いころからお父様の活動に触れてきたと思いますが、燎さんの音楽観にはどのような影響がありましたか?
父は「室内楽の会」に加え、ジュニアオーケストラや、優秀な若手奏者にオーケストラと共演する機会を提供する演奏会も主宰していました。私が生まれたころから、ピアニストの母とともにずっとそういった教育活動を行っていて、赤ちゃんのころ、指導や出演者の世話で忙しそうにしている両親の傍らで寝かされている写真も残っています(笑)。そうした環境で育ったので、「音楽家とはただステージに立つだけでなく、次の世代のために場を作るのが当たり前なのだ」という感覚がごく自然に身についたと思います。元々ソロで評価されることよりも、他の人と何かを共有することのほうに楽しさを感じるタイプなんです。裏方も含めて、みんなで一つのことに取り組む点に音楽の喜びを見出してきました。


競争ではなく、協奏を――ともに弾く喜びを学ぶ
燎さんはその後、京都大学を経て2015年にフランスに留学。パリ国立高等音楽院卒業後は室内楽の分野で経験を積み、23年には欧州屈指の室内オーケストラとして知られるオーヴェルニュ管のコンマスに就任しました。一方フランスに移ってからも日本での演奏活動を継続し、21年には「アカデミー」の代表を引き継ぎました。
――室内楽大国・フランスでの経験は、「アカデミー」にどのようにフィードバックされていますか?
日本の若い音楽家の皆さんの技術は非常に高いですが、どうしても「コンクールで優勝する」「間違えないように弾く」といった狭い窓から音楽を見がちなのではないかと感じています。一方でフランスでは、音楽そのものが先にあって、楽器はあくまで手段という考え方が強い。公立の音楽院だと、自分の専門以外にも他の楽器や作曲、即興、指揮までを手ごろに学べ、音楽を俯瞰する視点を自然と身につけることができます。
「アカデミー」には、全日本学生音楽コンクールで入賞するような小中学生も多く参加していますが、室内楽は狭い窓からだと死角になっている場所を見せてくれます。楽譜からどう作曲家の思いを読み解き、相手の音をどう聴くか。技術を競うのではなく、音楽を共有し、協調し合う。その根源的な喜びを、感受性豊かな年齢のうちから体験してほしいと考えています。


――そうした思いをもって続けてこられた「アカデミー」ですが、今年はなんと109名もの受講生を迎え入れるのですね。
当初は地元の受講生が中心でしたが、2023年から小川響子さん(ヴァイオリン)や笹沼樹さんなど、私と同世代の方に講師として来てもらうようになって、県外から参加する人が増えました。SNSの効果も大きかったと思います。昨年久しぶりに参加してくださった講師の佐久間聡一さん(ヴァイオリン)は、YouTubeで「しまなみ」のことを発信してくれました。
この「アカデミー」では、小中学生から音大生、さらには社会人の愛好家の方までが同じ場で室内楽に取り組みます。音楽に対する熱量はみんな変わらないんです。講師の皆さんも含め、異なるバックグラウンドを持った人が交流できるのが面白いところじゃないかと思います。運営も手弁当ですがその分受講生との距離は近いし、期間中の食事なども地元の保護者や有志のボランティアの方たちが好意で手伝ってくださっている。リピーターの方も多いですが、こうした温かな雰囲気がその土壌を作っているのではないかと感じています。

しまなみの美しい風景とクラシック音楽で、「心の休暇」を
「アカデミー」と連動する音楽祭「しまなみ音楽休暇村」はコロナ禍ただ中の2020年、燎さんの手によって立ち上げられました。今年は5月2日から10日にかけて計4公演を開催。「アカデミー」の受講生・講師が出演する修了演奏会のほか、ライトアップされた造船所のクレーンを背景に、名手たちの室内楽とワインを楽しめるサロン・コンサートや、オーヴェルニュ管の名チェリストを市内の古刹・浄泉寺に招いて行う演奏会など、特色豊かなプログラムが展開されます。


――「音楽休暇村」は、尾道という土地の魅力を生かした企画が並んでいるのが印象的です。
フランスではいろんな地方の音楽祭の現場を経験しましたが、生活の中に音楽が溶け込んでいるんですよ。尾道は、海が大好きだった父が広響のコンマスを務めていたころから自ら教室を作って通っていた縁の深い場所で、当初広島市内で開催していた「アカデミー」も、15年前から拠点をこちらに移していました。コロナの影響で一時帰国して、演奏活動もなかなかできずあれこれと考えながら過ごしていた中で、「尾道のロケーションを活かした取り組みをしたい」という思いが芽生え、「音楽休暇村」をスタートさせました。
――クラシックという枠にとらわれず、地元のアーティストとコラボレーションしているのも特長ですね。
2日に行う「音楽と風景 in 瀬戸田」がその好例です。生口島のベル・カントホールを会場に、前庭では朝から晩まで野外パフォーマンスや地元の店舗によるマルシェを開催します。一方ホールでは、「アカデミー」の講師陣を中心としたブラームスの室内楽曲のコンサートなど、本格派の演奏もお届けします。ベル・カントホールはコンサート専用で建設されたのですが、本来の目的で使われるのは年に数回程度で、とてももったいない。ホールの良さを地域の皆さんに知ってもらう機会にするとともに、様々な催しをお子さん連れで楽しんでもらうことを通じて、クラシック音楽の裾野を広げていくことを目的としています。


――地元の皆さん、特にお子さんたちにとっては、いろんな芸術に出会う絶好の機会となりそうですね。では最後に、全国のクラシック音楽ファンの皆さんへメッセージをお願いします。
尾道は名所が多く、食べ物もおいしいものばかりなので、ゴールデンウィーク旅行には最高です。「アカデミー」&「音楽休暇村」は、もちろん演奏会も素晴らしいですが、レッスンの見学にぜひ来ていただきたいですね。超一流の先生たちが何を伝え、受講生たちがそれを受けてどう変化していくのか。その現場こそが、音楽好きの人にとって一番エキサイティングな瞬間になると思うのです。観光も兼ねて、ぜひこの熱い音楽の現場を肌で感じに来てください。

取材・文:編集部
写真提供:アンサンブルアカデミーinしまなみ 事務局/一般社団法人 コジマ・ムジカ・コレギア
アンサンブルアカデミーinしまなみ2026
2026.4/29(水・祝)~5/6(水・休) 尾道市民センターむかいしま「こころ」 他
〇講師
音楽監督・ヴァイオリン:小島燎(フランス国立オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ管弦楽団コンサートマスター)
ヴァイオリン:
小林壱成(東京交響楽団第1コンサートマスター)
倉冨亮太(NHK交響楽団次席奏者)
瀧村依里(読売日本交響楽団第2ヴァイオリン首席奏者)
山名玲奈(ヴァイオリニスト)
ヴィオラ:
生野正樹(石田組組員)
冨田大輔(読売日本交響楽団団員)
一樂もゆる(大阪フィルハーモニー交響楽団首席奏者)
チェロ:
熊澤雅樹(広島交響楽団団員)
笹沼樹(チェリスト)
佐藤響(京都堀川音楽高校講師)
伊藤哲次(元広島交響楽団団員)
向井真帆(チェリスト)
コントラバス:
幣隆太朗(SWRシュトゥットガルト放送交響楽団団員)
ピアノ:
重野友歌(エリザベト音楽大学講師)
戸梶美穂(エリザベト音楽大学講師)
※5/3(日・祝)~5/5(火・祝)の3日間は聴講自由(9時10分から20時20分まで)
https://shimanami-music.jimdofree.com
しまなみ音楽休暇村Vol.6
2026.5/2(土)~5/10(日)
♪「音楽と風景 in 瀬戸田」
5/2(土)10:00~17:00 生口島/ベル・カントホールおよび前庭
〇プログラム
12:30~13:30 フレッシュコンサート「未来のヴィルトゥオーゾたち」
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ・パルティータより
パガニーニ:24のカプリスより
14:30~16:00
メインコンサート「ブラームスはお好き?」
ブラームス:弦楽五重奏曲第1番 ヘ長調 op.88、弦楽五重奏曲第2番 ト長調 op.111(弦楽合奏版)
〇出演
小島燎、小林壱成(以上ヴァイオリン)
生野正樹、冨田大輔(以上ヴィオラ)
笹沼樹(チェロ)
アンサンブルアカデミーinしまなみ2026 受講生
尾道のゆかいなアーティストたち
入場無料(要整理券)
※前庭ではマルシェと野外音楽パフォーマンスを開催、予約不要
♪アンサンブルアカデミーinしまなみ2026 ファイナル・コンサート
5/6(水・休)9:45~20:00 向島/尾道市民センターむかいしま「こころ」
〇プログラム
ハイドン:弦楽四重奏曲「ひばり」、「皇帝」
モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番「狩」、ピアノ四重奏曲第1番
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」
ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番、弦楽六重奏曲第1番
他
〇出演
アンサンブルアカデミーinしまなみ2026 受講生・講師 総勢約120名
入場無料(要整理券)
♪プレミアム・コンサート「名曲と絶景とワインと」
5/9(土)17:00~19:00 因島/三和ドック本社ビル展望カフェ「海路平安」
〇プログラム
ラヴェル:ヴァイオリンとチェロのためのソナタ
フォーレ:ピアノ三重奏曲 ニ短調 op.120
ブラームス:ピアノ五重奏曲 ヘ短調 op.34
〇出演
多賀谷祐輔(ピアノ)
エヴァ・ザヴァロ、小島燎(以上ヴァイオリン)
一樂もゆる(ヴィオラ)
ジャン=マリー・トロットロー、笹沼樹(以上チェロ)
入場料:¥7000(ウェルカムドリンクとおつまみ付き)
♪テンプル・コンサート「国境を越えるセレナーデ」
5/10(日)15:30~17:30 尾道/遊亀山 浄泉寺
〇プログラム
バッハ:無伴奏チェロ組曲より
カザルス:鳥の歌
ドホナーニ:弦楽三重奏のためのセレナーデ ハ長調 op.10
アレンスキー:弦楽四重奏曲第2番 イ短調 op.35
〇出演
小島燎(ヴァイオリン)
一樂もゆる(ヴィオラ)
ジャン=マリー・トロットロー、笹沼樹(以上チェロ)
入場料:一般¥3000 学生¥1500
問:コジマ・ムジカ・コレギア info@ongaku-kyukamura.com
https://ongaku-kyukamura.com
