INTERVIEW アレクサンダー・マロフェーエフ――“天才少年”の殻を破った若きピアニストのいまを聴く

Alexander Malofeev
ピアノ

みんなが知らない美を分かち合うことは喜びです

 初来日は10年前、アレクサンダー・マロフェーエフがまだ14歳の頃。ロシアで神童として注目されていた彼は、マリインスキー歌劇場管弦楽団のソリストに抜擢されたのだった。

 「“天才少年”と言われていた頃に比べ、今は大きく変わりました。当時もお客様に聴いてもらう瞬間は全て楽しんでいましたが、振り返ると、自分ではなかったと感じます。あれから学生時代を経てドイツに移り、時間をかけて“天才少年”のイメージを払拭し、何をしたいのか真剣に考えました。 

 子どもが難曲を弾けばみんな喜びますが、音楽家として意味があるのかはわかりません。子どもの頃の先生は非常にロシア的な考えで、学ぶことに厳しく、それは良いところもあったけれど、自由がありませんでした。今はアーティストに大切な自由をもって、プログラムも自らの考えで選んでいます」

 今回の東京・春・音楽祭出演は、日本の聴衆に自分の音楽を届ける久々の機会となる。

 「今の自分を聴いてもらえるよう、親密な音楽に焦点を当て選曲しました。リサイタルでは、純粋と誠実を感じるシベリウス、ロシア音楽に近く親しみを覚えるグリーグ、伝説的な存在なのにあまり演奏されないアルトゥール・ルリエも取り上げます。みんなが知らない美しいものを分かち合うことは喜びです。

 親密な音楽という意味で、シューベルトも外せません。実はロシアン・スクールではなぜかシューベルトを難しくない作曲家とみなす傾向があり、子どもの頃は全然触れてこなかったんです……これも“天才少年”生活の弊害かもしれません(笑)。卒業後初めて楽譜を開いて、なんてすごい音楽だろうと気づきました」

 メインのラフマニノフは特別な存在だ。多くのロシアのピアニストは、作曲家としてだけでなくピアニストとしても尊敬していると話すことが多い。

 「ロシアのピアノ教育では技術の話を深く掘り下げるため、人の演奏を聴いているとどうしても手のポジションや指遣いが気になります。でもラフマニノフについては、彼がどうやってあんな演奏をしているのか見当がつかないのです。まるで魔法のようで、もはや考えることが無意味に感じ、謙虚な気持ちになります。彼の弾くシューマン『謝肉祭』は特に好きですが、自由で、まるで彼自身が作曲したかのよう。そういうところが大好きです」

 ラフマニノフの曲には「根源にロシアの歌を感じる」という。

 「正教会や民衆の歌という、ロシア語の音との関連を強く感じます。今回取り上げるソナタ2番の2楽章は特に好きですが、民謡で聴くロシア人の嘆きのようなものが感じられるでしょう」

 様々な名手の演奏がある中、自分の解釈はどのように見つけるのだろうか?

 「僕は弾き始める前に明確なビジョンを持っていたいほう。インスピレーションの源は、料理、瞑想、夜の散歩、演奏を聴くなどさまざま。そうして考えをまとめてからスコアを開きます。楽器の表現には限界があるので、まず壁がない状態でイメージを作りたいんです」

 またリサイタルの他に、マリア・ドゥエニャス(ヴァイオリン)とのデュオでも出演。前から顔見知りだったが、SNSで「一緒に演奏しない?」とメッセージが届くというカジュアルなきっかけで共演し、意気投合した。

 「常に前を向いている強い女性で、聴き手の無意識に直接語りかける音楽をします。大きなエンジンで音楽を動かすので、僕はいつも横で聴くことを楽しみながら、一生懸命ついていくんです」

 数年前からのベルリンでの新生活は、こうした室内楽の経験も含め、視野を大きく広げている。

 「内装やピアノを自分で選んだお気に入りの自宅は、まさに自分の城。ここを拠点に練習し、世界を切り拓いています。まだ僕のキャリアはスタートしたばかり。発見すべきこともたくさんあります。自分ができることを過大評価するつもりはありませんから、演奏が千人に聴かれたからといって何かに貢献しているとは思いません。それでも魔法のような瞬間を共有する時間が大好き。それを喜びに、今後も活動していきたいです」

取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2026年4月号より)

東京・春・音楽祭2026  

マリア・ドゥエニャス(ヴァイオリン) & アレクサンダー・マロフェーエフ(ピアノ)
2026.4/2(木)19:00 東京文化会館(小)
曲目/シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574
   ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
   フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
*ライブ配信あり

アレクサンダー・マロフェーエフ(ピアノ)
2026.4/3(金)19:00 東京文化会館(小)

曲目/シューベルト:3つのピアノ曲(即興曲) D946
   グリーグ:組曲「ホルベアの時代より」 op.40
   シベリウス:5つの小品集「樹木の組曲」op.75
   スクリャービン:ワルツ 変イ長調 op.38
   ルリエ:5つの前奏曲断章 op.1
   ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 op.36(1931年改訂版)
*ライブ配信あり

問:東京・春・音楽祭サポートデスク050-3496-0202 
https://www.tokyo-harusai.com