祈りの歌でひらく、次なる章
──林美智子がHakuju Hallの新シリーズで描く、武満徹「SONGS」全曲

©Toru Hiraiwa

 日本を代表するメゾソプラノであり、自身もオペラをプロデュースするなど多彩な活動で人気を博す林美智子が、オペラ・デビュー25年目に当たる今年、Hakuju Hall主催の企画で全3回のリサイタル・シリーズをスタートさせる。

 「これまでHakuju Hallさんの舞台では、チャリティーやアンサンブルなど、さまざまな形で貴重な演奏の機会をいただいてきました。そうした中で、コツコツと積み重ねてきた歩みを人生と共にふと振り返り、少し凝縮して『己』を見つめ、今の自分をどの様な歌で表現できるか、そんな想いをお届けする場にしたい、と考えたシリーズです。とにかく心の根底には、自分も歌を楽しみたい、聴いてくださる方にも歌を楽しんでいただきたい!という率直な気持ちがあり、シンプルに喜びを分かち合いたい気持ちで一杯です」

 第1回は「祈りと沈黙の歌」と題し、今年没後30年を迎えている武満徹の「SONGS」全曲(死後発表された「MI・YO・TA」を含む21曲)を取り上げる。

 「若い頃は、“歌があってこその人生”という気持ちだったのが、この10年ぐらいは“人生があってこその歌”という境地に変わってきました。様々な経験を経た今だからこそ、改めて日本語の歌と向き合いたいと思い選んだのが武満徹です。『SONGS』は、2008年にセカンドアルバム『地球はマルイぜ』として取り上げて以来、ライフワークのように数曲ずつ歌う機会はありましたが、全曲をまとめて演奏するのは久しぶり。当時編曲とピアノを担当してくださった野平一郎先生と再びご一緒できることになって、時の流れをどう感じ合って表現できるかがとても楽しみです」

 「SONGS」は、武満が映画やラジオ番組、テレビドラマなどのために書いた曲をはじめとする、いわゆる「クラシック」ではないポップ・ソング集だ。シンプルで親しみやすいメロディの「歌」だが、そこには凡百のポップスとは違う、紛れもない武満の個性が刻印されている。

 「母国語のシンプルな言葉の中に、聴く人の誰もが自分なりの情景や感情を重ねて共感することができる、という点がいちばんの魅力だと思います。風、翼、色といった言葉を通して、人が根源的に持っている感覚に触れることができる。演奏している私自身が聴いている皆さんと一体となる瞬間が必ずあって、その時に感じる大きな喜びや輝きがとても尊いんです。今、世界では戦争が終わらず、また大きな災害などで苦しんでいる人たちが大勢います。私たち表現者ができることは、歌うことを通じて、大切なものを伝え、残していくことだけです。瞬間芸術の中で命がけで表現し、そこで聴衆の皆さんと一つになれたなら、未来に向かって何かが変わると信じています」

 日常の小さなことを丁寧にこなしつつ、「日々勉強」だと語る林。ベテランの域に達しているこの稀有なメゾソプラノ歌手が魅せてくれる「歌」の世界に存分に浸ってみたい。

取材・文:室田尚子

(ぶらあぼ2026年6月号より)

至高のメゾ・ソプラノ 林 美智子が描く音の世界
第1回 祈りと沈黙の歌~武満 徹「SONGS」全曲
2026.7/17(金)19:00 Hakuju Hall
問:Hakuju Hall チケットセンター 03-5478-8700
https://hakujuhall.jp


室田尚子 Naoko Murota

東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京科学大学・昭和音楽大学非常勤講師。NHK-FM「オペラ・ファンタスティカ」レギュラー・パーソナリティ。オペラを中心にアーティストのインタビューや演奏会の紹介記事、エッセイなどを手がけるほか、ミュージカル、ロック、少女漫画などのジャンルでも執筆活動を行なっている。著書に『オペラの館がお待ちかね』(清流出版)、共著に『ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』(青弓社)など。