アメリカ・テキサス州のフォートワースで5月21日から開催されていた、第17回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(審査員長:ポール・ルイス)は現地時間6月7日、すべての審査が終了し、直後に行われた授賞式で、アリスト・シャム(香港/中国)の優勝が発表された。香港出身のピアニストが同コンクールで最高位を獲得するのはこれが初めて。2017年のソヌ・イェゴン、2022年のイム・ユンチャン(ともに韓国)に続いて、今回もアジア出身のピアニストがアメリカ最高の登竜門を制することとなった。

◎ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール 最終結果 (年齢は2025年5月21日現在)
第1位(GOLD MEDAL) Aristo Sham(香港/中国)29歳
第2位(SILVER MEDAL) Vitaly Starikov(イスラエル/ロシア)30歳
第3位(BRONZE MEDAL) Evren Ozel(アメリカ)26歳
聴衆賞 Aristo Sham
新曲最優秀演奏賞 Yangrui Cai(中国)24歳
モーツァルト協奏曲最優秀演奏賞 Evren Ozel(アメリカ)26歳
シャムは聴衆賞も受賞した。10万ドルの賞金に加え、3年間にわたるコンサートツアーを含むキャリア・マネジメント、Platoon Recordsからのアルバム・リリースなどの副賞が与えられる。
今回のコンクールには45の国と地域から340名のピアニストがエントリー。今年3月に行われたスクリーニング・オーディションを通過した28名(日本から出場の重森光太郎と山﨑亮汰を含む)が本大会に駒を進めた。予選からファイナルまで4つのラウンドで審査が行われ、6名がファイナルに進出。彼らには、マリン・オルソップ指揮フォートワース交響楽団とそれぞれ2曲の協奏曲で共演する機会が与えられた。

第1位のシャムは、メンデルスゾーンの第1番とブラームスの第2番を選択。特に、後者では細やかなルバートを駆使した緩急のもと、重厚さと軽やかさを併せ持った堂々たる演奏を繰り広げ、客席からも大きな拍手と歓声が挙がっていた。打楽器的奏法など難曲として知られるバルトークの第2番で強靭なテクニックと緩徐楽章での繊細な表現を聴かせた第2位ヴィタリ・スタリコフ(イスラエル/ロシア)の演奏も忘れ難い(ちなみに、スタリコフは10月のショパンコンクールにも出場予定)。地元の期待に応え第3位に入賞したエヴレン・オゼル(アメリカ)は、セミファイナルでのモーツァルトの協奏曲第25番が絶品で、見事モーツァルト協奏曲最優秀演奏賞を獲得した。

優勝したアリスト・シャムは1996年香港生まれ。ピアノ教師の母のもと、3歳でピアノを始め、神童として名を馳せた。ハーバード大学とニューイングランド音楽院のデュアル・ディグリー・プログラムで学び、スウェーデンのインゲスンド音楽院を経て、アメリカに戻り、ジュリアード音楽院でロバート・マクドナルドとオルリ・シャハム(ギル・シャハムの妹)に師事し、アーティスト・ディプロマを取得した。これまでに、エトリンゲン、ジーナ・バッカウアー、モンテカルロ・ミュージック・マスターズなどの国際コンクールで優勝している。サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団、エド・デ・ワールト指揮香港フィルなど主要楽団との共演も多い。旅行、飛行機、ワイン醸造など幅広い趣味の持ち主。予選とセミファイナルで選択したバッハ作品の編曲ものでの研ぎ澄まされたタッチや、ラフマニノフ「音の絵」作品39での曲ごとに鮮やかに描き分ける起伏に富んだ音楽づくりは印象的だった。クオーターファイナルでは、ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」ソナタ1曲で勝負。全ラウンドを通じて、落ち着いて自信に満ちた演奏を繰り広げた。コンクール事務局からのインタビューで「知性と感情は必ずしも対立するものではなく、互いに影響し合っている。それがアーティストを魅力的にしている要素だと思う」と語っていたが、まさにそのことを体現していたように感じられたステージだった。新たなスターの今後の活躍が楽しみだ。
文:編集部

第17回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール
SEVENTEENTH VAN CLIBURN INTERNATIONAL PIANO COMPETITION
https://cliburn.org/2025-competition/