新国立劇場初上演! ベルカント・オペラの傑作、ベッリーニ《夢遊病の女》で新シーズン開幕

 新国立劇場2024/25シーズンが、ベッリーニ《夢遊病の女》(新制作)で幕を開ける。大野和士オペラ芸術監督が打ち出している「ベルカント・オペラを取り上げていく」という方針に沿ったプログラムで、これが新国立劇場初上演。9月30日に行われた最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材した。
(2024.9/30 新国立劇場 オペラパレス 取材・文 室田尚子、撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場)

 本作はテアトロ・レアル、リセウ大劇場、パレルモ・マッシモ劇場との共同制作で、すでに2022年12月にマドリードで初演されて大きな話題となったプロダクションだ。演出は、俳優からオペラ演出家に転身し、英国ロイヤル・オペラなどで活躍するバルバラ・リュック。プロダクション・ノートには、夢遊病にかかっているアミーナの「特性」と彼女を取り巻く「社会」を描こうと考えた、と書かれており、この物語が単なる「ハッピーエンドの恋物語」ではないことを示唆しているが、それは舞台美術にも顕著だ。

前列左より:伊藤晴(リーザ)、クラウディア・ムスキオ(アミーナ)、近藤圭(アレッシオ)
中央左:アントニーノ・シラグーザ(エルヴィーノ)
前列左より:伊藤晴(リーザ)、アントニーノ・シラグーザ(エルヴィーノ)、妻屋秀和(ロドルフォ伯爵)、クラウディア・ムスキオ(アミーナ)

 第1幕、舞台中央には大木が1本そびえており、その他にはいくつもの切り株が見えるだけで色彩感に乏しく、「スイス・アルプスの長閑な山村」という景色からは程遠い。幕が上がると、この大木の前に白いドレスを着たアミーナが立っているが、彼女の背中には枯れ枝のようなものがささっていて、その周りを薄汚れた衣服に身を包んだ10人のダンサーが取り囲んでいる。音楽が始まる前に、ダンサーたちとアミーナはかなり長めの踊りを見せるのだが、その間、聞こえてくるのは彼らの息遣いだけで、この物語が「ひとりの女性が生きていく上での様々な困難」を描くものだということを示唆する。ダンサーの身体表現は大変見事で、この後も折に触れて登場し、アミーナの心の奥底を表現していく。

 また第2幕では巨大な工場の焼却炉のようなものが登場し、この村が「工業化と自然の保存のはざまで苦闘する人里離れた村」であることを示す。この作品では合唱が大きな役割を果たすが、本作での合唱団(=村人たち)は、常に無表情で抑圧的な存在として描かれる。同調圧力に押さえつけられ、教養や知識に乏しく、迷信や一方的な価値観の中で生きている人たち。彼らの歌の力が圧倒的であればあるほど、それがアミーナの夢遊病の大きな原因なのではないか、ということがわかる仕掛けだ。もともと合唱の役割の大きい作品だが、演出意図の観点からも、新国立劇場合唱団の実力が存分に発揮されたプロダクションだといえる。

 演出家が語るように、自分のことを信じてくれなかったエルヴィーノと結婚することが、アミーナにとって果たして「ハッピーエンド」なのか、という問題は、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》のラストをも想起させる。このラストがどのように描かれているのかは、ぜひ劇場で確かめてもらいたい。
 
 このように演出家の視点は実に現代的なものである一方、音楽はベルカント・オペラの「美」を忠実に伝えるものとなっている。それは、ベルカント・オペラの専門家として知られる指揮のマウリツィオ・ベニーニの手腕に他ならない。メロディの美しさを際立たせつつ、人物の感情に沿った間合いの取り方の絶妙さは息を呑むほど。東京フィルハーモニー交響楽団もベニーニのタクトのもと、実に精緻な響きを生み出している。

新国立劇場合唱団
左:谷口睦美(テレーザ)

 当初予定されていたローザ・フェオラからアミーナ役をバトンタッチしたクラウディア・ムスキオは、繊細で透明感ある歌声と素晴らしいテクニックの持ち主。シュトゥットガルト州立劇場でアミーナを歌いスタンディング・オベーションを受けたというのも頷ける。特に本作の演出にはふさわしい人材だと思う。エルヴィーノのアントニーノ・シラクーザは輝かしい高音でベルカント・オペラの醍醐味を味わわせてくれる。さすが世界の大スターだ。日本人キャストも実力派が揃っている。中でもリーザ役の伊藤晴は、声の充実度が高まってきていることを感じさせるパフォーマンスで一聴の価値ありだ。

 美しい音楽表現と現代的な視点に裏打ちされた演出による「ベルカント・オペラの傑作」。ぜひその耳と目で体験してみてほしい。

前列左より:妻屋秀和(ロドルフォ伯爵)、谷口睦美(テレーザ)、伊藤晴(リーザ)、アントニーノ・シラグーザ(エルヴィーノ)、近藤圭(アレッシオ)

Information

新国立劇場 2024/2025シーズン開幕公演
ベッリーニ《夢遊病の女》(新制作)

全2幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉

2024.10/3(木)18:30、10/6(日)14:00、10/9(水)14:00、10/12(土)14:00、10/14(月・祝)13:00 新国立劇場 オペラパレス

指揮:マウリツィオ・ベニーニ
演出:バルバラ・リュック

美術:クリストフ・ヘッツァー
衣裳:クララ・ペルッフォ
照明:ウルス・シェーネバウム
振付:イラッツェ・アンサ、イガール・バコヴィッチ

出演
ロドルフォ伯爵:妻屋秀和
テレーザ:谷口睦美
アミーナ:クラウディア・ムスキオ
エルヴィーノ:アントニーノ・シラグーザ
リーザ:伊藤晴
アレッシオ:近藤圭
公証人:渡辺正親

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/