“カルト・レーベル”から半世紀、1000タイトルをリリースしたコジマ録音

レコーディング・エンジニア小島幸雄が語る50年のあゆみ

 ALMレーベルを展開するコジマ録音が発足50周年を迎えた。クラシック系の世界市場がソニー、ナクソス、ユニバーサル、ワーナーの4系列に収斂するなか、日本ではALMやカメラータ・トウキョウ、ナミ・レコード、フォンテック、マイスター・ミュージックなどインディーズ(独立系)レーベルが依然、気を吐いている。「ナミの満川隆さんが同い年。カメラータの井阪紘さん、マイスターの平井義也さんが少し年上ですが、ほぼ同世代と言え、同じ頃からコツコツやってきました」と、小島幸雄コジマ録音社長は振り返る。

 国立音楽大学ではクラリネットを専攻した。高校で放送部に所属、録音機材への関心が芽生えていた時期でもあり、国立音大入学後は「音響技術室に入り浸り、真空管やトランジスタによるアンプ作りを教わったり、学園祭や学内演奏会の録音を無料で請け負ったりしたのが始まりです」。同大学には久石譲が在学していた。「同じアパートの住人でもあり、藤澤守の本名で参加してくれた録音もあります」。音響技術室の仲間を中心にフォンテックを創業したのが1971年。3年後に独立した。「初の自主制作盤としてリコーダーの山岡重治さんを手がけたのですが、僕だけが勝手に動いて居づらくなり、1人でやることになりました」

 最初は現代音楽、ジャズ、その次にバロック…と守備範囲を広げていった。「始めて10年は特に面白かったですね。最初に制作したのは近藤譲の『線の音楽』。阿部薫を巻き込み、フリージャズのコンサートを企画、自分でクラリネットを吹いたりもしました。周囲から『カルト・レーベル』と呼ばれ、近藤さんにも『そんなもんだよ』と言われました。ロマン派に手を広げたあたりから、もう、どうでも良くなりました(笑)」。今年、50周年記念盤として、近藤との不朽の名盤、『ブルームフィールド氏の間化』(1976)と『時の形』(1983)の2点をCD化した。

ジャケットのデザインも印象的だった『線の音楽』(1974年発売LPを2014年に復刻CD化)は現代音楽の歴史においてエポックメイキングなアルバムだった
夭折した伝説のジャズ・サックス奏者、阿部薫の『なしくずしの死 (MORT A CREDIT)』(1976年発売LPを1995年に復刻CD化)は名盤として名高い

 それでも「後ろを振り返れば」、バロック音楽への参入は1つの節目だった。鍵盤楽器奏者の武久源造と出逢い、「どうしても彼の演奏を録音したくて大手ハウスメーカーのCD制作プロジェクトに売り込んだのですが、先方からダメ出しの連続。それなら自分でやりましょう、と覚悟してバロックに進み、どんどんカタログを充実させていったのです。古楽演奏に関しては本場ヨーロッパでも中断の時期があったし、体力的なハンディも少なくて済むので、日本人演奏家が欧米人と互角に競える分野だという確信があります」

1996年リリースの武久源造『J.S.バッハ:ゴールトベルク変奏曲』は、チェンバロの音色の質感を鋭くとらえた一枚
2023年リリースの渡邊順生『フローベルガー&ルイ・クープラン チェンバロ精華集 メディチ荘の17世紀フランス様式チェンバロ』は、数ある16〜18世紀のチェンバロの中でも抜きん出た名器の豊穣かつ味わいのある楽器の音色に魅せられる

 創業時も今も社員数は「5人くらいがいい」と考え、必要に応じてヘルプやアルバイトを増やす。現在は年間30〜40タイトルをリリース。スタート時点から現在までの累計タイトル数は1,000を超えたが、ユニークなのはほぼ「廃盤」の概念がないことだ。「せっかく制作したのに消えるのはさびしい。マイナーレーベルの矜持として可能な限り在庫してきましたし、サブスクリプションにも積極的に対応、いつでも聴ける体制を整えつつあります。それでも1曲だけ、1楽章だけという接し方に寂しさを覚えるのは事実で、できればアルバムという『ひとつの作品』として聴き続けていただきたいですね」

 半世紀の間にはソフトの流通市場だけでなく、録音機材の仕様も大きく変化した。
「録音媒体に関して言うと、最初はオープンリールの磁気テープから始まり、次にPCMプロセッサーによるカセット・テープ(Uマチック、ベータマックス)、そしてDATで小型化し、DVD-RAMなどの光ディスク、HDD、そして現在はSSDへと変遷してきました。ユーザー側の変化も大きく、レコードからCD、そして現在では音楽配信サービスが台頭してきています。今はすべてが過渡期にあり、CDの時代までは何とか採算ベースの見極めがつきましたが、目下は全くつかめない状況です」

 それでも「日本人は形あるものが好きな民族だから、録音とパッケージソフトの需要はなくならない」と確信する。「良い音楽をできるだけ良い音で録りたい」との情熱の原点は、アンドレ・シャルランだった。

 シャルラン(1903-1983)はフランスのオーディオ・エンジニアで発明家。自らの技術を駆使した録音スタジオで数多くの映画音楽の収録を手がけた後、第二次世界大戦後にクラシック音楽の録音に参入。「エラート」レーベル(現在はワーナーの1部門)の設立に関わったが、1962年に「シャンゼリゼ・センター(CECE)」レーベルを立ち上げた。「クラシック音楽の場合には、音楽がそこにある。人間には2つ耳がついているが、音楽の発する空間から距離を伴って聴く者をみた場合、一ヵ所に集約される。たくさんのマイクロフォンを立ててミクシングするということは音楽に対する冒涜だ」としてワンポイント録音にこだわり、生涯に118のディスク大賞を受けた名エンジニアだった。

 小島社長も「できるだけその人のいい演奏、抜けのいい、飽きない、音楽に没頭できるアコースティックな人間の良い音」を録音の基本に置いている。「もう50年もやってきて、だんだん体力も落ちてきましたから、そろそろ次の世代に譲る方法を考えなければなりませんね」と語りつつ、「本当はまだ、やり残した仕事があるのですよ」と打ち明ける。それは「日本の芸能とか邦楽のジャンル」だ。「最もポピュラーな邦楽器と思われる三味線であっても、材料に猫皮が使えなくなってカンガルーに替えるなど、楽器自体の仕様が維持できなくなっています。離島の民謡や伝承歌もおばあさん世代の歌い方と今のスタイルが大きく異なってきていて、今ちゃんと記録しておかないと、跡形もなく消えてしまう気がしてなりません」。2009年には、文化庁芸術祭大賞を受賞したCD+DVD8枚組のボックス『琵琶法師の世界 平家物語』(盲人に伝承された平家琵琶の流れを組む今井勉検校の語りを収録)をリリースして気を吐いたので、続く意欲作の登場にも期待をつなぎたい。

 杉並区の下井草で起業して、高円寺・代々木を経て、ここ24年は阿佐ヶ谷。歩いて数分のところにはALMでも録音しているピアニスト&文筆家、青柳いづみこの自宅もある閑静な住宅街に、コジマ録音本社は存在する。一見は普通の民家だが、足を踏み入れると、いかにも音楽好きのスタッフが和気藹々と働く部屋、すごい機材をそろえたミキシングルームがあり、インディーズレーベルの面目躍如。テーブルに案内されると、しばらくして丁寧に淹れたコーヒーが運ばれてきた。壁面狭しと並んだディスクに囲まれながら小島社長の話に耳を傾けるうち「ここも間違いなく、『日本のものづくり』の現場なのだ」という思いを強くした。

取材・文:池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)

小島幸雄 Yukio Kojima
1947年生まれ。小学生の時に電気蓄音機と遊ぶ。そして2台の電気蓄音器をバラバラに分解する。中学の時、1台にまとめて聴けるようにする。クラリネットを始める。高校では放送部で活躍。クラリネットで国立音楽大学入学。1年の時から校内の録音技術室に出入りして、録音、電子回路を学ぶ。卒業後室長らと録音会社を設立。3年後、1974年に独立してコジマ録音を1人で始める。1976年、自社のレーベル名をALM RECORDSとし、レコードの制作を開始。現代音楽、バロック、 フリージャズなどのレコードを制作、現在に至る。


50周年記念盤
ブルームフィールド氏の間化

JO KONDO: MR. BLOOMFIELD, HIS SPACING
ALCD-13 税込価格¥3,080 (税抜価格¥2,800)
2024.7/7発売(1976年発売LPより復刻CD化)

近藤譲(1947- ):
[1]ブルームフィールド氏の間化 弦楽四重奏のための (1973)
 川崎雅夫,山口裕之(ヴァイオリン) 安永徹(ヴィオラ) 毛利伯郎(チェロ)
 (1973年3月のコンサート「WET」での録音)
[2]視覚リズム法 ピアノのための (1975)
 高橋アキ(ピアノ)
[3]夏の日々 クラリネットとテープのための (1970)
 鈴木義明(クラリネット)
[4]歩く フルートとピアノのための (1976)
 甲斐道雄(フルート) 高橋アキ(ピアノ)

近藤譲 時の形
JO KONDO: A Shape of Time
ALCD-27 税込価格¥3,080 (税抜価格¥2,800)
2024.9/7発売(1983年発売LPより復刻CD化)

近藤譲(1947- ):
[1]時の形 ピアノとオーケストラのための (1980)
  高橋アキ(ピアノ) 黒岩英臣(指揮) NHK交響楽団
[2]撚り III ヴァイオリンとピアノのための (1981)
  小林健次(ヴァイオリン) 高橋アキ(ピアノ)
[3]二重奏曲 ハープとギターのための (1982)
  篠﨑史子(ハープ) 佐藤紀雄(ギター)
[4]静物 8つのヴァイオリンのための (1981)
  小林健次(ヴァイオリン)(多重録音)

コジマ録音
http://www.kojimarokuon.com