ニコライ・ホジャイノフ(ピアノ)

成熟したピアニズムで紡ぐバラエティ豊かなプログラム

©Marie Staggat

 深いこだわりを感じる音楽表現で日本にも多くのファンを持つ、ニコライ・ホジャイノフ。2010年のショパンコンクールで最年少ファイナリストとなった翌年以来、定期的に来日していたが、今回は2年ぶりのリサイタルとなる。

 披露するのは、ショパン、ラヴェル、ムソルグスキー、そして自作曲という多彩なプログラムだ。

 「ショパンの夜想曲第8番に始まり、深遠な美しさを持つ舟歌に続きます。ショパンはヴェニスを訪れたことがないのになぜ舟歌を書いたのか、手稿譜や作曲の背景を研究しながら考えました。彼はおそらく舟歌を“舟でより良い世界に渡る”ことの象徴と捉えていたのではないか…苦しみと希望を感じる晩年の傑作に、僕はそんな意味を見出しています」

 ラヴェルからは「亡き王女のためのパヴァーヌ」、自らピアノ編曲した「『ダフニスとクロエ』からの3楽章」。

 「ディアギレフの記念演奏会のために編曲した作品です。ラヴェルならではの色彩感とソノリティ、オーケストラのあらゆる音をピアノで再現します」

 日本初演となる二つの自作曲のうち、「平和の花びら」は2022年にジュネーヴの国連事務局でのリサイタルのために書かれた作品。

 「平和とは美しい幻、蜃気楼のようなもので、時に目にできるけれど、同時に私たちが強く望むものだという想いが込められています。国連に加盟する国々の代表者を前に演奏したことは、忘れ難い思い出です」

 ホジャイノフはすでに本作やオペラ編曲作品などを複数出版しているが、最初に作曲に挑んだのは7歳、しかもオペラだったという。

 「当時古代ギリシャ悲劇に夢中だったので、プロメテウスの大悲劇をテーマに3幕もののオペラを書こうとしたんです。今ならピアノ版を書いてからオーケストレーションすれば良いとわかりますが、子どもでしたからいきなりオーケストラの全パートを書こうとして音楽を見失い、序曲で断念しました(笑)」

 ムソルグスキー「展覧会の絵」は、過去何度かリクエストされてきたものの、日本で弾くのは初めて。

 「友人の絵画から着想を得て書いたことが知られていますが、それ以上の深さ、作曲家の絶望や暗く複雑な世界観が表れた傑作です。彼のオペラのクレイジーで悲劇的な場面を思わせる部分も多くあります」

 演奏のたび、解釈と表現は変化する。

 「準備したものを披露するのではおもしろくありません。創造性のない芸術は死んでいるも同然です。ステージで弾いている瞬間、僕は別の世界で創造しているので、ある意味そこにはいません。パフォーマンスとは肉体的なものでも触れられるものでもなく、形而上学的なものであるべきです」

 ホジャイノフは多くの言語を話すが、なかでも日本語は長く学び、文化や文学にも親しむ。

 「日本人の歴史は長く、他国からの圧力に屈せず、数百年の鎖国を経て独自の文化を豊かなものにし、今もアイデンティティを保っています。美しいものを愛し、壊れやすく繊細な変化を重視する特殊な感性を持っています。だからこそ本来異国のものであるクラシックも心から感じとれる。そんな人々の前で演奏するのは喜びです」

 当日はホジャイノフの誕生日ということで、特別な時間を過ごせることをとても楽しみにしているそうだ。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2024年7月号より)

ニコライ・ホジャイノフ ピアノ・リサイタル
2024.7/17(水)19:00 浜離宮朝日ホール
問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990 
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/