一期一会、東京春祭2024の「珍しい公演」をご紹介!

こだわりのアニバーサリー公演から心躍るミュージアム・コンサートまで

文:宮本明

 東京春祭の「珍しい公演」を紹介せよというお題とそのリストを頂戴した。なるほど。どんなジャンルでも、レア・アイテムというのはそそられる。もちろん生演奏はつねに一期一会なのですべて“レア”ではあるのだけれど、「これは東京春祭ならでは!」「聴き逃したら次にいつ機会があるかわからない!」というプログラムを見てみよう。

ブルックナー《ミサ曲第3番》
生誕200年に寄せて(4/13)

 教会で学び、教会オルガニストとして音楽キャリアをスタートしたブルックナーにとって、宗教曲はいわば原点だ。なのに生誕200年の今年でさえあまり演奏されない管弦楽付き宗教曲。貴重な機会だ。ミサ曲第3番は、古今のミサ曲のなかでも屈指の名曲という評価が定着している、この分野の代表作。おごそかな風格ながら、畏れ多くて敬遠したくなるような大仰さはない。心に直接訴えかけるような親密な響き。フーガの溌剌とした躍動感。とても清々しい。もし「重厚長大」のイメージに引っ張られてブルックナーを聴くのをためらっている人がいれば、ぜひおすすめしたい。

 ローター・ケーニヒスは1965年生まれのドイツの指揮者。2009~16年にウェールズ・ナショナル・オペラの音楽監督を務めるなど、劇場を主戦場にしている。「オペラ」をキーワードに考えると「ミサ」も「ブルックナー」も遠い存在の気がするが、ケーニヒスは少年時代、生まれ故郷のアーヘン大聖堂の聖歌隊で、ブルックナーのすべてのミサやモテットを歌っていたというから、彼にとっても原点。共演した歌手からは卓越した手腕を絶賛する声も聞こえてくる。確かなお手並みに期待。

 合唱は東京オペラシンガーズだから盤石。独唱には一人でえんえんと歌うようなソロはほぼ与えられておらず、合唱とともにアンサンブルを形作る役割なのだが、そこにも惜しげもなく実力者を揃えたぜいたくな布陣。なかでもヴァイオリンとヴィオラのソロを伴う〈クレド〉の美しいテノール・ソロが聴きもの!

左より:ローター・ケーニヒス(指揮)、
ハンナ=エリーザベト・ミュラー(ソプラノ)、オッカ・フォン・デア・ダメラウ(メゾソプラノ) ©Simon Pauly、
ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー(テノール) ©Ludwig Olah、アイン・アンガー(バス)

フェルッチョ・ブゾーニ
没後100年に寄せて(3/30)

 ブゾーニに関する著述も多い音楽学者の畑野小百合氏が案内する、没後100年メモリアル公演。一般に、ブゾーニといえばやっぱりバッハだ。「シャコンヌ」はじめ、ピアノ用に編曲した多くのバッハ作品は、古楽演奏に慣れ親しんだ現代においてもピアニストたちの重要なレパートリーになっている。そのバッハ編曲の存在感ゆえか、彼の正体が忘れられがちな観もあるのだが、近年は再評価が進み、その“巨人”ぶりも広く認識されつつある。

 7歳でピアニスト・デビューした神童は、ピアニスト、作曲家としてだけでなく、教育者、著述家、理論家としても活躍した楽界のスターだった。41歳の時に著した『新音楽美学論』は従来の形式を拡大した新しい音楽のあり方を提唱して、若い作曲家たちに道を示した。アカデミズムの世界でも重鎮で、リヒャルト・シュトラウスの後を受けてベルリン芸術大学の作曲教授に就任し、ブゾーニが58歳の若さで他界したあと、その職務はシェーンベルクに引き継がれている。音階を半音階でなく3分の1音階を基準とするように提唱したり、常識にしばられずに音楽の未来を見据える人だったようだ。

 今回はブゾーニ編曲のバッハと、バッハの引用によるブゾーニ作品を並置したプログラム。「対位法的幻想曲」はブゾーニの代表作で、「フーガの技法」BWV1080に基づく。ヴァイオリン・ソナタ第2番も、終楽章にコラール「幸いなるかな、おお魂の友よ」BWV517(アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳第2巻)を主題とした変奏曲が組み込まれた作品。

左より:フェデリコ・アゴスティーニ(ヴァイオリン)、加藤洋之、山縣美季(以上ピアノ)、畑野小百合(お話)

ディオティマ弦楽四重奏団 シェーンベルク 弦楽四重奏曲 全曲演奏会
生誕150年に寄せて(4/6)

 「珍しい」もさることながら、これは今年の目玉公演の筆頭格だと思う。20世紀以降のレパートリーにきわだった実績を刻み続ける最先端のクァルテット、ディオティマ弦楽四重奏団が生誕150年のシェーンベルクのすべての弦楽四重奏曲を弾く。

 1996年創立のフランスのアンサンブル。「ディオティマ」という名称の由来は、直接的にはルイジ・ノーノの弦楽四重奏曲「断片-静寂、ディオティマへ」(1980)から採られたそうだが、それはヘルダーリンの小説『ヒュペーリオン』の登場人物でもあり、さらにはプラトンの『饗宴』に登場する巫女の名でもある。人類の知の歴史を一気にさかのぼるような命名がかっこいい。2002年以来たびたび来日している彼ら。昨年1月の来日のあと、9月にチェロ奏者が交代しているので、今回はまた新しいディオティマが聴ける。

ディオティマ弦楽四重奏団 ©michel nguyen

 シェーンベルクの第1~4番の弦楽四重奏曲だけでなく、同じ編成のためにそれ以前に書かれた初期の弦楽四重奏曲 ニ長調、「プレスト ハ長調」「スケルツォ ヘ長調」、さらにやはり初期作品である弦楽六重奏曲「浄められた夜」(ヴィオラに安達真理、チェロに中実穂が参加)も加えたすべてを一日で弾き切る。

 調性のことだけに着目していえば、調性でスタートしたシェーンベルクの弦楽四重奏曲は、ソプラノ独唱を伴う特異な編成の第2番の終楽章でほぼ無調まで拡張される。そして第3番を十二音技法で作曲。アメリカに渡ってから書かれた第4番も十二音技法による作品だが多分に調性的。つまり調性から十二音まで、グラデーションのように変わってゆくシェーンベルクの変遷を如実に聴き取れるジャンルが弦楽四重奏なのだ。メモリアル・イヤーならではの濃厚な企画。じっくりと味わいたい。

左より:安達真理(ヴィオラ) ©Itaru Hirama、中実穂(チェロ)、
レネケ・ルイテン(ソプラノ)

《第九》への道——《第九》からの道
歓喜の歌(ベートーヴェン 交響曲 第9番)初演200年に寄せて(3/23)

 毎回知的好奇心をそそる東京春祭恒例のマラソン・コンサート。テーマの「第九」は、今年5月7日に初演200年を迎えるメモリアル。ヨーロッパ文化史が専門で音楽関連の著書も多数ある小宮正安氏が、わかりやすい解説とともに《第九》誕生前後の19世紀ウィーンへナビゲートしてくれる。

 「第九」といえばシラーの『歓喜に寄す』。同じ詩にはベートーヴェン以外にも多くの作曲家が付曲している。今回「シューベルト、他(の作品)」と発表されているその部分で、誰のどんな曲が何曲ぐらい登場するのだろう。

 もちろん「第九」そのものも。小ホール公演なのでフル編成での演奏というわけにはいかないわけだが、それをうまく逆手にとってというか、楽章ごとに異なる作曲家の編曲による異なる編成(ピアノ独奏、ピアノ連弾、ヴァイオリンとピアノ、2台ピアノ)で聴けるのは面白い。また、「第九」の前触れともいえる「合唱幻想曲」も室内楽編曲版で。恥ずかしながらそういう編曲版があるとは知らなかった。それを聴くだけでも出かけたいぐらい。

 なお「第九」関連では、オットー・ビーバ博士(ウィーン楽友協会資料館 元・館長)による特別講演「1824年初演時の真実を探る」も。今年「第九」を聴く人も歌う人も弾く人も、ウィーンの碩学が解き明かす真実を学んで仲間に差をつけよう。入場無料なのもうれしい(事前応募要・200名限定)。

左より:白井圭、直江智沙子(以上ヴァイオリン)、瀧本麻衣子(ヴィオラ)、門脇大樹(チェロ)、
小宮正安(企画構成/お話)

ミュージアム・コンサート

 これも東京春祭恒例だが、上野公園内に点在する博物館・美術館でのコンサートにはやはり独特の空気がある。建築自体が世界遺産や国の重要文化財だったり、展示作品の前での演奏や、閉館後のミュージアムへ向かう夜のアプローチのちょっとドキドキする非日常の感じもたまらない。筆者が毎年楽しみにしているのは、東京国立博物館の法隆寺宝物館と国立科学博物館地球館のコンサート。前者はニューヨークのMoMAを手がけた谷口吉生設計のモダンなエントランスが会場。建物前の水盤に面したガラス張りの空間はとても幻想的。そして例年、桜とともにライトアップされた重要文化財の黒門(旧因州池田屋敷表門)をくぐって出入りできるのもうれしい。後者は、天井から吊るされた巨大な古代生物の骨格標本を背景に演奏を聴く異体験。あれらが恐竜なのか哺乳類の先祖なのか、いつも疑問のまま説明を読まずに帰ってきてしまう。今年こそ。

2023年 国立科学博物館 地球館でのミュージアム・コンサート
毛利文香(ヴァイオリン) ©平舘平

 プログラムの注目はギターの鈴木大介。長い時間をかけて温めてきたという企画で、珍しい8弦ギターでJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲とリュート組曲全曲を2夜に分けて弾く(3/26,4/9)。自らの編曲。バッハ自身が無伴奏チェロ組曲第5番をリュート組曲第3番に編曲した際にハ短調をト短調に移調したように、鈴木も慎重に調性を選んでおり、たとえば6弦ギターでは多くの場合イ短調で弾くリュート組曲第2番BWV 997(原曲:ハ短調)をロ短調で弾くなど、大半が原曲と異なる調を採用している。楽器の特性と響きを見極めてのことに違いなく、普段と別アングルから見る顔のバッハと出会えそうだ。

鈴木大介 ©Kaori Nishida

東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.11
ブルックナー《ミサ曲第3番》
生誕200年に寄せて

4/13(土)14:00 東京文化会館(大)
●出演
指揮:ローター・ケーニヒス
ソプラノ:ハンナ=エリーザベト・ミュラー
メゾソプラノ:オッカ・フォン・デア・ダメラウ
テノール:ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー
バス:アイン・アンガー
管弦楽:東京都交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩
●曲目
ワーグナー:ジークフリート牧歌
ブルックナー:ミサ曲第3番 ヘ短調 WAB28
●料金(税込)
S¥17,000 A¥14,500 B¥12,500 C¥10,500 D¥8,500 E¥6,500
U-25¥3,000

東京春祭ディスカヴァリー・シリーズvol.10
フェルッチョ・ブゾーニ
没後100年に寄せて

3/30(土)16:00 東京文化会館(小)
●出演
ヴァイオリン:フェデリコ・アゴスティーニ
ピアノ:加藤洋之、山縣美季
お話:畑野小百合(音楽学)
●曲目
J.S.バッハ(ブゾーニ編):
 コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659
 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004 より シャコンヌ
ブゾーニ:
 対位法的幻想曲 より
 ヴァイオリン・ソナタ第2番 ホ短調 op.36a
●料金(税込)
¥3,500(全席指定)
U-25¥2,000

ディオティマ弦楽四重奏団
シェーンベルク 弦楽四重奏曲 全曲演奏会 生誕150年に寄せて

4/6(土)14:00 東京藝術大学奏楽堂(大学構内)
※公演時間:約6時間(休憩3回含む)
 休憩時に浅井佑太(お茶の水女子大学音楽表現コース 助教)によるスペシャルトークを予定
●出演
ディオティマ弦楽四重奏団
 ヴァイオリン:ユン・ペン・ジャオ、レオ・マリリエ
 ヴィオラ:フランク・シュヴァリエ
 チェロ:アレクシス・デシャルム
ヴィオラ:安達真理
チェロ:中実穂
ソプラノ:レネケ・ルイテン
●曲目
シェーンベルク:
 弦楽四重奏曲 ニ長調
 弦楽四重奏曲第3番 op.30
 弦楽四重奏曲第1番 ニ短調 op.7
 弦楽四重奏曲第2番 嬰ヘ短調 op.10(ソプラノと弦楽四重奏版)
 弦楽四重奏曲第4番 op.37
 プレスト ハ長調
 スケルツォ ヘ長調
 「浄められた夜」op.4
●料金(税込)
¥7,500(全席指定)
U-25¥2,000

東京春祭マラソン・コンサート vol.14
《第九》への道——《第九》からの道
歓喜の歌(ベートーヴェン 交響曲 第9番)初演200年に寄せて

東京文化会館(小)
企画構成/お話:小宮正安(ヨーロッパ文化史研究家/横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授)
※すべての曲目を室内楽版にて演奏
※各回約90分

【第I部】死者もまた 生きるのだ——革命の熱気と混乱
3/23(土)13:00
●出演
ヴァイオリン:白井圭、直江智沙子
ヴィオラ:瀧本麻衣子
チェロ:門脇大樹
二期会合唱団
 ソプラノ:斉藤園子、津金久子
 アルト:喜田美紀、小林紗季子
 テノール:園山正孝、新海康仁
 バス:浅井隆仁、大井哲也
ピアノ:秋元孝介、岡田将、實川風
●曲目
ベートーヴェン(ワーグナー編):交響曲第9番 op.125より第1楽章
ケルビーニ(G.v.ルーフ編):歌劇《水の運搬人》序曲
ワーグナー(クリンドヴォルト編):ジークフリートの葬送行進曲
ベートーヴェン(編曲者不詳):合唱幻想曲

【第II部】堪えるのだ よりよい世界のために——保守反動時代の矛盾と混迷
3/23(土)16:00
●出演
ヴァイオリン:白井圭
二期会合唱団
 ソプラノ:斉藤園子、津金久子
 アルト:喜田美紀、小林紗季子
 テノール:園山正孝、新海康仁
 バス:浅井隆仁、大井哲也
ピアノ:秋元孝介、岡田将、實川風、天日悠記子
●曲目
ベートーヴェン(チェルニー編):交響曲第9番 op.125より第2楽章
ロンベルク(編曲者不詳):《鐘の歌》(抜粋)
ロッシーニ(チェルニー編):歌劇《セミラーミデ》序曲
ベートーヴェン(H.ジット編):交響曲第9番 op.125より第3楽章

【第III部】星の輝く天幕の彼方に その方を探せ——理想世界の希求と探求
3/23(土)19:00

●出演
二期会合唱団
 ソプラノ:斉藤園子、津金久子
 アルト:喜田美紀、小林紗季子
 テノール:園山正孝、新海康仁
 バス:浅井隆仁、大井哲也
ピアノ:秋元孝介、岡田将、實川風、天日悠記子
●曲目
ベートーヴェン(C.A.d.ヴィンクラー編):劇付随音楽《シュテファン王》序曲 op.117
シューベルト他:歓喜に寄す
リスト:《ボンのベートーヴェンカンタータ》によるピアノ小品
モーツァルト:主の御慈しみを K.222
ベートーヴェン(リスト編):交響曲第9番 op.125より第4楽章

●料金(税込)
各回券¥4,000 3公演通し券¥9,000(全席指定)
U-25(各回)¥2,000

関連企画】
特別講演会
ベートーヴェン《第九》初演200年に寄せて
1824年初演時の真実を探る

4/7(日)11:30 東京都美術館 講堂
●登壇
お話:オットー・ビーバ(Dr. Dr. h.c. Otto Biba)
通訳:小宮正安(ヨーロッパ文化史研究家/横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授)
●料金
入場無料(全席自由)
※事前応募制・先着順
※定員200名

ミュージアム・コンサート

東博でバッハ vol.66 鈴木大介(ギター)
無伴奏チェロ組曲&リュート組曲(ギター版)全曲演奏会 第一夜

3/26(火)19:00 東京国立博物館 平成館ラウンジ
●曲目
J.S.バッハ(鈴木大介編):
 リュート組曲第1番 ホ短調 BWV996
 リュート組曲第4番 ホ長調 BWV1006a
 組曲 ニ長調 BWV1007(原曲:無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調)
 組曲 イ短調 BWV1008(原曲:無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調)
 組曲 ト長調 BWV1009(原曲:無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調)

東博でバッハ vol.68 鈴木大介(ギター)
無伴奏チェロ組曲&リュート組曲(ギター版)全曲演奏会 第二夜
4/9(火)19:00 東京国立博物館 平成館ラウンジ
●曲目
J.S.バッハ(鈴木大介編):
 リュート組曲第2番 ロ短調 BWV997(原曲:ハ短調)
 組曲 変ロ長調 BWV1010(原曲:無伴奏チェロ組曲第4番 変ホ長調)
 組曲 ト短調 BWV1011(原曲:無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 & リュート組曲第3番 ト短調)
 組曲 ニ長調 BWV1012(原曲:無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 )

●料金(税込)
各¥4,000(全席自由)

【来場チケットご購入はこちら】
東京・春・音楽祭オンライン・チケットサービス(web)座席選択可・登録無料
●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)
チケットぴあ(web)

【お問合せ】
東京・春・音楽祭サポートデスク050-3496-0202
営業時間:月・水・金、チケット発売日(10:00~15:00)
※音楽祭開催期間中は、土・日・祝日も含め全日営業(10:00~19:00)
※サポートデスクではチケットのご予約は承りません。公演に関するお問合せにお答えいたします。

※ネット席チケットは2/23(金・祝)発売