【特別エッセイ】
音楽評論家・東条碩夫の東京春祭逍遙2024

百花繚乱、20周年を迎える東京・春・音楽祭

文:東条碩夫(音楽評論家)

 3月、4月。上野公園の春には、独特の雰囲気がある。空気に暖かさが加わり、樹々の緑が増え、桜が咲き、多くの人々が行き交う。あの光景は、華やかで、美しい。そういう雰囲気の中で、東京文化会館や、旧東京音楽学校奏楽堂、国立科学博物館、東京都美術館など、上野公園の各所にある音楽祭の会場をめぐるのが、私は好きだ。

2023年、音楽祭開催時の東京文化会館 ©平舘平

 今年の「東京・春・音楽祭」は、20周年と謳われているだけに、胸が躍るほど規模が大きい。ワーグナー、ヴェルディ、リヒャルト・シュトラウス、プッチーニの名作オペラが4つも上演されるというのは、まるでこの音楽祭の前身たる「東京のオペラの森」のコンセプトにもう一度戻ったかのようである。もちろん、オペラだけでなく、内外の演奏家による室内楽やリサイタルなどのラインナップも例年と同じように華やかであり、それらも多くの聴衆の人気を集めるのは間違いない。だが、私がどうしても聴きたいのは、まずオペラだ。4作とも演奏会形式による上演だが、悪くない。なまじヘンな演出が付けられてあれこれ気を揉ませられるよりは、よほど音楽そのものに集中できるという利点があるだろう。

2023年《ニュルンベルクのマイスタージンガー》 ©池上直哉

 第一に、この音楽祭の看板であるワーグナー・シリーズの一環たる《トリスタンとイゾルデ》(3/27,3/30 東京文化会館 大ホール)である。究極の愛の音楽。官能的な半音階のモティーフが繰り返され、全曲の最後で2人が死んで結ばれる個所で初めて解決する瞬間の、形容しがたい法悦感。おなじみマレク・ヤノフスキがNHK交響楽団を指揮するのに加え、トリスタン役のスチュアート・スケルトン以下、配役もいい。今回で、この音楽祭でのワーグナーのスタンダード・レパートリー全10作品の演奏が完結することになる。

左より:マレク・ヤノフスキ ©Felix Broede、スチュアート・スケルトン ©Sim Canetty-Clarke

 そしてドイツ・オペラからはもう一つ、R.シュトラウスの《エレクトラ》がある(4/18,4/21 東京文化会館 大ホール)。この音楽祭では、2005年に小澤征爾の指揮で取り上げられて以来の上演だ。ギリシャ悲劇に題材を採った、父王アガメムノンを暗殺した王妃クリテムネストラらに復讐を図る王女エレクトラと弟のオレストの物語で、ストーリーも凄いが音楽も物凄い。R.シュトラウスの表現主義時代の作風がいかに激烈で魔性にあふれたものだったかが判る。絶好調のコンビ、読売日本交響楽団とその常任指揮者セバスティアン・ヴァイグレの演奏だから、絶対的に聴きものになるだろう。題名役はエレーナ・パンクラトヴァだが、悪役の王妃を歌う藤村実穂子と、オレストを歌うルネ・パーペが私には楽しみだ。

左より:セバスティアン・ヴァイグレ ©読売日本交響楽団、エレーナ・パンクラトヴァ ©Vitaly Zapryagaev、藤村実穂子 ©R&G Photography

 一方、イタリア・オペラでは、なんと言っても大リッカルド・ムーティが指揮するヴェルディの《アイーダ》(4/17,4/20 東京文化会館 大ホール)が人気を集めるはずだ。ムーティのヴェルディと言えば、2021年の《マクベス》での超弩級名演が今も忘れられないが、第2幕でのエジプト軍凱旋場面など、スペクタクルな音楽を多く含むこの大名作《アイーダ》も、きっと凄いだろう。もっともこのオペラの醍醐味は、むしろ第3幕・第4幕での主人公の心理的葛藤を描く巧妙な音楽にもあるのだが、そこでもムーティは微細な表現を聴かせてくれるに違いない。題名役にマリア・ホセ・シーリ、エジプトの将軍ラダメスにルチアーノ・ガンチら、最近新国立劇場にも登場した注目の顔ぶれがそろうが、私は仇役のアムネリス姫を歌うユリア・マトーチュキナに関心を持っている。この人は、昨年のムーティ指揮《仮面舞踏会》の占い女ウルリカで不気味な迫力を聴かせてくれたメゾソプラノだ。オケは定評ある東京春祭オーケストラ。

左より:リッカルド・ムーティ ©Todd Rosenberg Photography、マリア・ホセ・シーリ ©Michele Monasta、ルチアーノ・ガンチ ©Roberto Autuori、ユリア・マト―チュキアナ

 4つ目のオペラは、プッチーニの《ラ・ボエーム》(4/11,4/14 東京文化会館 大ホール)だ。パリの屋根裏部屋に住む貧しいが気のいい芸術家の卵たちの友情を描き、〈私の名はミミ〉〈ムゼッタのワルツ〉など有名な歌が各所に散りばめられるおなじみのオペラ。「カフェ・モミュスの場面」(第2幕)の華やかな音楽も楽しいが、雪の朝のダンフェール門の場の叙情的な音楽はプッチーニの本領だろう。東京交響楽団を指揮するピエール・ジョルジョ・モランディは、一昨年のこの音楽祭での《トゥーランドット》で聴かせたリズミカルでダイナミックな指揮が印象に残っている。その時にリュー役を力強く、しかし清楚可憐に歌ったセレーネ・ザネッティが、今回はミミ役で出る。

左より:ピエール・ジョルジョ・モランディ ©Elena Cherkashyna、セレーネ・ザネッティ ©Giacomo Orlando

 オペラではもう一つ、ヤノフスキ指揮N響によるワーグナーものの豪華な付録ともいうべき、4部作「ニーベルングの指環」の抜粋曲を集めたガラ・コンサートがある(4/7 東京文化会館 大ホール)。パンクラトヴァが歌う「ブリュンヒルデの自己犠牲」など、聴きものだろう。

 オペラにばかり触れてしまったが、他にも例えばオーストリアの巨匠ルドルフ・ブッフビンダーの「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会」(3/15~3/17,3/19~3/22 東京文化会館 小ホール)など、全部は無理としても、どれか聴いておきたいと思っている。これは第1番から始まり、第32番で終るが、必ずしも番号順に演奏されるわけではない。

ルドルフ・ブッフビンダー ©Marco Broggreve

 有名な現代音楽集団のアンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏会も、例によって面白そうだ。クセナキスやリゲティ、ホリガーなどたくさんの現代作品が予定されている。難しいことを考えずに聴けばいいと思う(4/8,4/9 東京文化会館 小ホール)。企画ものでは、「シェーンベルクとウィーン」(4/11 東京文化会館 小ホール)が私の興味を惹いた。豊嶋泰嗣の率いるアンサンブルが、シェーンベルク編曲の「皇帝円舞曲」などのウィンナ・ワルツや、アイスラー編曲のブルックナーの「第7交響曲」第3楽章などを演奏するというから、これはめったに体験できない演奏会となろう。更に欲張って、「東博でバッハ」(3/21,3/26,4/3,4/9,4/11 東京国立博物館)や、国立科学博物館でのミュージアム・コンサート(3/17,4/7,4/10,4/16,4/19)などのどれかにも足を運びたいところだ。博物館で聴く室内楽コンサートには、演奏会場でのそれと違って、実にユニークな雰囲気があって気持がいいのである。

アンサンブル・アンテルコンタンポラン ©Cosimo Trimboli
「シェーンベルクとウィーン」 出演者
上段左より:豊嶋泰嗣(ヴァイオリン)、橘和美優(ヴァイオリン) ©︎Ayane Shindo、中村洋乃理(ヴィオラ)、甲斐雅之(フルート)
下段左より:竹島悟史(打楽器)、与那城敬(バリトン) ©Hiromi NAGATOMO、兼重稔宏(ピアノ) ©Taira Tairadate、佐藤卓史(ピアノ) ©Takaaki Hirata、大木麻理(オルガン) ©Mari Kusakari

【Profile】
東条碩夫(トウジョウ・ヒロオ)
早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作全体に携わる。75年文化庁芸術祭大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」委嘱)制作。のちFM静岡編成制作部長、FM東京制作一課長、「ミュージックバード」(CS-PCM衛星デジタル・ラジオ)編成部長等歴任。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿。著書『朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る』(中央公論新社刊)、『伝説のクラシック・ライヴ』(TOKYO FM出版)他、共著多数。
東条碩夫のコンサート日記 http://concertdiary.blog118.fc2.com


※掲載している公演の最新情報は下記音楽祭公式サイトをご確認ください。

■東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15
《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕付)
2024.3/27(水)、3/30(土)各日15:00 東京文化会館
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/2024_tristan-und-isolde_01/

■《エレクトラ》(演奏会形式/字幕付)
4/18(木)19:00、4/21(日)15:00 東京文化会館
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/2024_elektra_01/

■《アイーダ》(演奏会形式/字幕付)
4/17(水)、4/20(土)各日14:00 東京文化会館
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/2024_aida_01/

■東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.5
《ラ・ボエーム》(演奏会形式/字幕付)
4/11(木)18:30、4/14(日)14:00 東京文化会館
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/2024_la_boheme_01/

■The 20th Anniversary
ワーグナー『ニーベルングの指環』ガラ・コンサート
4/7(日)15:00 東京文化会館
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/wagner_gala_concert/

■ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会 I~VII

東京文化会館(小)
I 3/15(金)19:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/buchbinder_01/
II 3/16(土)15:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/buchbinder_02/
III 3/17(日)15:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/buchbinder_03/
IV 3/19(火)19:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/buchbinder_04/
V 3/20(水・祝)15:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/buchbinder_05/
VI 3/21(木)19:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/buchbinder_06/
VII 3/22(金)19:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/buchbinder_07/

■アンサンブル・アンテルコンタンポラン
東京文化会館(小)
I Classics of the 20th Century
4/8(月)19:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/ensemble-intercontemporain_1/
II French Touch
4/9(火)19:00
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/ensemble-intercontemporain_2/

■シェーンベルクとウィーン
生誕150年に寄せて

4/11(木)19:00 東京文化会館(小)
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/schonberg-and-vienna/

■ミュージアム・コンサート 東博でバッハ
vol.65 成田達輝(ヴァイオリン)
3/21(木)19:00 東京国立博物館 法隆寺宝物館エントランスホール
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/bach_65/
vol.66 鈴木大介(ギター)
無伴奏チェロ組曲&リュート組曲(ギター版)全曲演奏会 第一夜
3/26(火)19:00 東京国立博物館 平成館ラウンジ
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/bach_66/
vol.67 津田裕也(ピアノ)
4/3(水)19:00 東京国立博物館 平成館ラウンジ
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/bach_67/
vol.68 鈴木大介(ギター)
無伴奏チェロ組曲&リュート組曲(ギター版)全曲演奏会 第二夜
4/9(火)19:00 東京国立博物館 平成館ラウンジ
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/bach_68/
vol.69 新倉 瞳(チェロ)
4/11(木)19:00 東京国立博物館 法隆寺宝物館エントランスホール
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/bach_69/

■国立科学博物館でのミュージアム・コンサート
吉田 秀(コントラバス)&幣 隆太朗(コントラバス)

3/17(日)14:00 国立科学博物館 日本館2階講堂
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/yoshida_hei/
藤木大地(カウンターテナー)&大塚直哉(チェンバロ)
4/7(日)14:00 国立科学博物館 日本館2階講堂
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/fujiki_otsuka/
N響メンバーによる室内楽
4/10(水)19:00 国立科学博物館 日本館2階講堂
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/nso_0410/
白井 圭(ヴァイオリン)&安田謙一郎(チェロ)
4/16(火)19:00 国立科学博物館 地球館地下2階常設展示室
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/shirai_yasuda/
梶川真歩(フルート)&荒木奏美(オーボエ)
4/19(金)19:00 国立科学博物館 地球館地下2階常設展示室
https://www.tokyo-harusai.com/program_info/kajikawa_araki/

【来場チケットご購入はこちら】
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●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)
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【お問合せ】
東京・春・音楽祭サポートデスク050-3496-0202
営業時間:月・水・金、チケット発売日(10:00~15:00)
※音楽祭開催期間中は、土・日・祝日も含め全日営業(10:00~19:00)
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※ネット席チケットは2/23(金・祝)発売