INTERVIEW 鈴木優人が語る「シリーズ杜の響き」第50回記念公演

初登場のBCJが杜のホールはしもとの名物シリーズに新たな旋風を巻き起こす

杜のホールはしもと ホール内観

取材・文:原 典子

 JR横浜線・相模線と京王相模原線が乗り入れる橋本駅に隣接するビルの7・8階にある「杜のホールはしもと」。木を基調にした全535席のコンサートホールは、日々の生活圏の中にありながら、私たちを時空を超えた旅へと連れ出してくれるエアポケットのように存在している。このホールが2004年からスタートした主催公演「シリーズ杜の響き」が、20年の道のりを経て2024年3月20日の公演で第50回を迎える。記念すべきこの公演には、シリーズ初登場となるバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)が出演する。室内楽やソロ・リサイタルが多かった「シリーズ杜の響き」にとって、10人前後の室内オーケストラ編成での公演は規模的にも最大である。公演発表時から話題となりすでにチケットは完売しているが、この記念公演について首席指揮者としてBCJを率いる鈴木優人に話を聞いた。

 「BCJの本領であるバッハの作品を中心に据えつつ、よく知られたヴィヴァルディの『四季』より〈春〉や、恋愛を歌ったヘンデルのカンタータといった、同時代の親しみやすい作品を取り上げてプログラムを構成しました。BCJはバッハの約200曲ある教会カンタータの全曲録音を2013年に完結しましたが、今回の公演は、そういった声楽作品と器楽作品の両方をお聴きいただけるショーケースのようにもなっています。第50回という特別な機会に、すごく真剣で、かつ楽しいコンサートにできればと思います」

鈴木優人

 2曲のカンタータでは、BCJとの共演歴も長いチェコ出身のソプラノ、ハナ・ブラシコヴァの歌が聴けるのも楽しみだ。

 「ハナさんの声はとても透明感があって、魂が震えるような声と言ったらいいのでしょうか、特別な才能の持ち主です。まるで楽器のように歌えるのですが、それでいて声楽ならではの魅力であるしなやかさや自由さもあって、歌う姿もひたむきで美しい。ヨーロッパ中の古楽アンサンブルから引っ張りだこの存在です。BCJの公演で頻繁に日本を訪れる間に日本語に興味を持ったらしく、いまではとても上手なんですよ」

 ヘンデルのカンタータ《私の胸は騒ぐ》では、恋に揺れる心をどのように聴かせてくれるだろうか。

 「恋愛における混乱と苦悩、愛する人が自分と同じように感じてくれたらいいのに、と歌う曲ですが、最初のレチタティーヴォがとくに印象的で、心が引き裂かれて、まっとうには歌えない感じさえします。ハナさんがすごく好きで、ぜひ歌いたいというので入れました」

 いっぽうで、バッハのカンタータ第51番《すべての国よ、神を誉め讃えよ》は、華やかなソプラノのための曲を彼女と演奏したいということで、鈴木が選んだという。

 「“Jauchzet(賛美しよう)”という最初の歌い出しから、トランペットやヴァイオリンと同じように、コロコロと動き回る難しい音型を歌うんですね。非常に技巧的です。そして最後はコラールを経てアレルヤへと至るところでトランペットが出てきて、フィナーレに向けて高まっていく。すごくわくわくする曲です」

ハナ・ブラシコヴァ

 バッハが教会の礼拝のために書いたカンタータは、キリスト教が身近にない日本人にとって、親しみにくいと感じる人もいるかもしれない。けれど、必ずしも宗教的なバックグラウンドは必要ないと鈴木は語る。 

 「信仰は関係なく、純粋に音楽として聴くだけでも十分に得るものはありますし、各々がいろいろな切り口でバッハのカンタータに接していただければよいと思いますが、ひとつだけ言えるとしたら、聖書や信仰について書かれた言葉が、バッハの手によって音楽に置き換えられていく、その発想の昇華が芸術であり、この作曲家の本当にすごいところだと僕は思うんですよね。信仰を持たない人でも、困ったときは神に祈るような気持ちになるものですが、バッハの音楽を聴くことで、宗教心の萌芽みたいなものが引き出される人もいるようです。聴く前と聴いた後とで、自分の中でなにかが変化するような感覚は、きっとあると思います」

 このほか、器楽曲としてバッハのブランデンブルク協奏曲第5番とヴィヴァルディの「四季」より〈春〉がプログラミングされている。モダン楽器での演奏でもなじみ深いこれらの曲を、古楽アンサンブルで聴く醍醐味は?

 「必ずしも古い楽器だけを使うわけではありませんが、作曲家がその曲を作ったときに考えていたセッティングで演奏するのが我々のスタイルです。たとえば、ピアノの音域は現代より1.5〜2オクターブも狭いですし、ヴァイオリンも昔の人が使っていたガット弦はしっかり発音しないと音が鳴りません。けれど作曲家は、そういった楽器の音域や特質をふまえて曲を書いていたわけで、モダンの楽器にはない制約をあえて受け入れることで、作曲家が想定した曲のダイナミズムを表現することができると考えています。制約があるからこそ、音楽が生き生きとする。私自身はモダン・ピアノも弾きますし、モダン・オーケストラの指揮もするので、どちらの良さもわかりますが、オリジナル楽器の演奏は翻訳をはさむことなく、1対1でダイレクトに聴き手に伝えられるところが魅力ではないでしょうか」

 古楽とモダンの世界を自由に行き来するだけでなく、ブルーノート東京で演奏したり、ジャズマンと共演したりと幅広いフィールドで活躍する鈴木の存在が、日本の古楽シーンに活気をもたらし、若い聴き手を育てていることは間違いない。

 「BCJの公演にも若い方が来てくださるようになって嬉しいですが、我々はとくに敷居を下げようと思ってやっているわけではなくて。そういった雰囲気を作ってくださっているのは、お客さまですよね。杜のホールはしもとにも、50回の公演を通してそこに集うお客さまが作ってきた場があると思います。その場の空気のなかで演奏できるのがとても楽しみです」

左:辻彩奈 右:阪田知樹
左:郷古廉 右:ホセ・ガヤルド

 なお、「シリーズ杜の響き」 には、第50回以降も注目のアーティストが続々登場する。7月6日は辻彩奈(ヴァイオリン)&阪田知樹(ピアノ)のデュオで、ヴァイオリン・ソナタ第1番から第3番のオール・ブラームス・プログラムが予定されている。11月17日の郷古廉(ヴァイオリン)&ホセ・ガヤルド(ピアノ)のデュオはこれまでにも共演を重ねており、さらなる深化を聴かせてくれることだろう。都心からも横浜からもアクセスしやすい杜のホールはしもとに、ぜひ足を運んでみていただきたい。

Information

シリーズ杜の響き
第50回記念公演
バッハ・コレギウム・ジャパン

2024.3/20(水・祝)14:00 杜のホールはしもと・ホール(予定枚数終了)
 
●出演
指揮・チェンバロ:鈴木優人
ソプラノ:ハナ・ブラシコヴァ *
バッハ・コレギウム・ジャパン(室内オーケストラ編成)
●プログラム
ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」 より〈春〉 RV269
ヘンデル:カンタータ《私の胸は騒ぐ》 HWV132b *
J.S.バッハ:
 ブランデンブルク協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050
 カンタータ 第51番《すべての国よ、神を誉め讃えよ》BWV51 *
※曲目等は都合により変更になる場合がございます。
 
《関連講座》
シリーズ杜の響きvol.50 BCJ 関連企画(全2回)
クラシック音楽入門講座「バッハとたずねるバロック音楽」

【第2回】 ヴィヴァルディ×ヘンデル×J.S.バッハ

2024.2/27(火)13:30 杜のホールはしもと・多目的室
講師:広瀬大介
料金:全席自由1,500円
 
 
「シリーズ杜の響き」2024 ラインナップ
vol.51 辻 彩奈 & 阪田知樹 デュオ・リサイタル
2024.7/6(土)14:00 杜のホールはしもと・ホール

 
●プログラム
<オール・ブラームス・プログラム>
ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 作品78「雨の歌」
ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 作品100
ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 作品108
※曲目等は都合により変更になる場合がございます。
●料金
全席指定4,500円 学生(25歳以下)2,500円
2024.2/24(土)チケットMove及びイープラス先行発売
2024.2/25(日)一般発売

 
vol.52 郷古 廉 & ホセ・ガヤルド デュオ・リサイタル
2024.11/17(日)14:00 杜のホールはしもと・ホール

●料金
全席指定4,500円 学生(25歳以下)2,500円
 
問:杜のホールはしもと042-775-3811
https://hall-net.or.jp/02hashimoto/
※各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。