万雷の拍手鳴りやまず!ペトレンコ&ベルリン・フィル 東京公演初日をふりかえって

Kirill Petrenko

文:飯尾洋一

 ついにキリル・ペトレンコとベルリン・フィルの来日公演を聴ける! 日本のファンはこの公演を鶴首して待っていた。なにしろ、キリル・ペトレンコがベルリン・フィルの首席指揮者に就任すると報じられたのは今から8年も前、2015年のことなのだ。実際にサイモン・ラトルの後を継いだのは2019年のシーズンから。ペトレンコは2017年にバイエルン国立歌劇場とともに来日してくれたものの、ようやく今回ベルリン・フィルを率いての来日が実現した。これほどまでに高い期待を寄せられた来日公演は近年なかったのではないだろうか。

 東京公演の幕開けは11月20日、サントリーホールにて。この日のプログラムは、レーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」とリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。同時代のドイツの作曲家の代表作が並べられた。
 レーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」で際立っていたのは、オーケストラの柔らかくニュアンスに富んだ響き。冒頭、モーツァルトのピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」第1楽章の主題がしなやかに提示され、さまざまなキャラクターを持った変奏が続く。アンサンブルがきわめて緻密で、響きの解像度が高い。第1ヴァイオリンは第1ヴァイオリンというひとつの楽器、第2ヴァイオリンは第2ヴァイオリンというひとつの楽器が奏でられているかのような錯覚をおぼえる。大人数の弦楽合奏がまるで弦楽四重奏(いや、弦楽五重奏)のように室内楽的なシャープな輪郭を伴って鳴り響くのだ。フーガの鮮烈さもこの曲では聴いたことがないほど。
 ペトレンコはレーガーについて「生前はリヒャルト・シュトラウスと同等の作曲家と目され、指揮者としてもライバルだったが、近年はヨーロッパでもほとんど演奏されない」と語っていた。日本でもかつてに比べるとこの曲の人気は下がっていると言わざるを得ないが、作曲者生誕150年の今年、今回の演奏であらためてその存在の大きさが浮き彫りになったかのように思う。

 後半のシュトラウスの交響詩「英雄の生涯」は、世界中の腕自慢のオーケストラがこぞって来日公演でとりあげるレパートリーだ。これまでにもくりかえし名演と呼べる演奏を耳にしてきたが、今回のペトレンコとベルリン・フィルの演奏はそれらの記憶を上書きしてしまうような壮麗さと強靭さを誇っていた。冒頭の英雄の主題から気迫がこもり、英雄の敵を表現する木管楽器群の嘲笑は、けたたましくコミカルであるにもかかわらず、明るく澄んでいる。舞台裏のトランペットが戦闘の開始を告げると、絢爛たる音の饗宴がくりひろげられた。伴侶との愛の場面は官能性豊か。これ以上はないほどの起伏に富んだ音のストーリーが展開する。重厚な弦楽器はときに白煙を上げながら爆走するレーシングカーのよう。信じがたいほどの完成度を実現しながらも、ひりひりするような熱さを失わないのがベルリン・フィルのベルリン・フィルたるゆえんか。

 輝かしいヴァイオリンのソロを披露したのはコンサートマスターの樫本大進。ホルンのドール、フルートのパユ、オーボエのマイヤー、クラリネットのフックスら、ベルリン・フィルのスター奏者たちの妙技もさることながら、オーケストラ全体がひとつの有機体として機能していることがなにより印象的だった。指揮台のペトレンコはオーケストラを操っているというよりは、すでにこの有機体に一体化しているかのように見える。

 静かに曲が終わると、客席には完全な静寂が訪れた。これだけの演奏であれば、全力で余韻を味わい尽くそうという客席側の強い意志のあらわれだろう。もちろん、その後は大喝采がわき起こった。楽員の退出後も拍手は止まず、最後はペトレンコのソロ・カーテンコールで東京公演初日の幕を閉じた。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演 指揮 キリル・ペトレンコ

来日公演 今後の予定
2023.11/23(木・祝)【B】、11/24(金)【A】、11/25(土)【B】 11/26(日)【A】 サントリーホール(完売)

■プログラムA
モーツァルト:交響曲第29番 イ長調 K.201
Mozart:Symphony No.29 in A major, K.201
ベルク:オーケストラのための3つの小品 op.6
Berg:Three Pieces for Orchestra, op.6
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98
Brahms:Symphony No.4 in E minor, op.98

■プログラムB
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ op.132
Reger:Variations and Fugue on a Theme of Mozart, op.132
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」 op.40
R.Strauss:“Ein Heldenleben“, tone poem op.40

問:クラシック事務局0570-012-666 
https://www.fujitv.co.jp/events/berlin-phil/

※各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

Be Phil オーケストラ

11/26(日)19:00 サントリーホール
管弦楽:Be Phil オーケストラ*
*オーディションにより選ばれた日本に居住するアマチュア音楽家約100名

指揮/
ラファエル・ヘーガー(ブラームス) Raphael Haeger, conductor/Brahms
キリル・ペトレンコ(プロコフィエフ) Kirill Petrenko, conductor/Prokofiev

ソリスト/
樫本大進(ヴァイオリン/ブラームス) Daishin Kashimoto, Violin/Brahms
ルートヴィヒ・クヴァント(チェロ/ブラームス) Ludwig Quandt, Violincello/Brahms

曲目/
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 イ短調 op.102
プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」組曲第1番 op.64bis、第2番 op.64terより
1.モンタギュー家とキャピュレット家(第2番)
2.少女ジュリエット(第2番)
3.僧ローレンス(第2番)
4.踊り(第2番)
5.仮面(第1番)
6.ロメオとジュリエット(第1番)
7.タイボルトの死(第1番)

問:クラシック事務局0570-012-666 
https://www.fujitv.co.jp/events/berlin-phil/