阿部加奈子(指揮)

欧州で幅広く活躍する知性派が新日本フィル定期デビュー!

(c)Ryota Funahashi

 阿部加奈子が新日本フィルの9月の「すみだクラシックへの扉」に登場する。彼女は、パリ国立高等音楽院指揮科で学び、現在、フランスのドーム交響楽団音楽監督およびオランダのアンサンブル・オロチの音楽監督を務める(後者は創設者でもある)。

 大阪出身の阿部は両親が合唱の指揮者という環境で育った。6歳から相愛大学附属の音楽教室でピアノやソルフェージュを学ぶ。そして東京藝術大学附属高校、東京藝術大学では作曲を専攻した。

 「5歳から歌を作っていましたが、私の作曲の発想の源は声楽にあります。高校生の頃は、実存主義に傾倒し、仏教や宗教学にも興味があり、教祖になりたいと思ったこともありました(笑)。そのほか、建築学にも関心がありました。私は、構造を俯瞰し、構築することに興味があり、指揮をするときも作品に対してそういう見方をします。今から思うと、私にとってベストな形で哲学や宗教、建築などを統合したのが指揮だったのですね」

 東京藝大在学中にパリ国立高等音楽院のエクリチュール科(和声、対位法などの書法を学ぶ)ほかに入学。ミカエル・レヴィナス教授の「君は理論ではなく実践をするべき」の言葉に従って、伴奏科を経て、指揮科で学ぶようになった。

 「私はもともと指揮に興味がありました。また、作曲をしていたので現代音楽にも関心がありましたが、新作こそきちんとやらないと再演されないのに、軽く扱われていることに腹が立っていました。私が指揮者になったら、新作を丁寧に扱って、創作を推進していきたいと思っていました」

 モンペリエ国立歌劇場の副指揮者や、ファビオ・ルイージのオペラ公演でのアシスタントを務めるなどキャリアを積んだ。2022年3月に新日本フィルと初共演。

 「コロナ禍で入国に際して7日間隔離したあと、新日本フィルとは濃い交流をすることができました。オープンな雰囲気のオーケストラで、私の提案を受け止めて、気持ちを込めて演奏してくださったのがうれしかったです」

 今回は、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」とラヴェルのピアノ協奏曲(独奏:三浦謙司)という、二人の晩年の作品が並ぶ。

 「チャイコフスキーが『悲愴』を作曲したとき、自分が死ぬと思っていたとは、作品からは感じられません。『悲愴』は自分自身を刷新しようというもの凄い意欲作で、挑戦度の高い作品です。チャイコフスキーは旋律に強い人ですが、そういうメロディックなところに依らず、自分のスタイルの新たな地平を試している。もっと生きたかったに違いありません。
 ラヴェルは壮年期に母親を亡くしています。このピアノ協奏曲には楽しかった子ども時代の母との思い出を感じます。少年がお母さんを楽しませてあげようとしているかのようです。第2楽章は晩年のモーツァルトに似ていますね。彼も人を楽しませてあげたいと思って書いていました。でも晩年は人生に負け、その悲しみや苦しみの翳(かげ)がふとよぎる。それはラヴェルにも感じられます。
 昨年から戦争や天災など悲しいことが多く、命や死について考えざるをえません。そういう心境にこのプログラムはマッチしていると思います」
取材・文:山田治生
(ぶらあぼ2023年8月号より)

新日本フィルハーモニー交響楽団
すみだクラシックへの扉 第17回
2023.9/29(金)、9/30(土)各日14:00 すみだトリフォニーホール
問:新日本フィル・チケットボックス03-5610-3815
https://www.njp.or.jp