初役・つうを演じる砂川涼子にインタビュー
〜日本オペラ協会公演《夕鶴》

美しく強いつうを演じて描くほんとうの幸福


取材・文:香原斗志 撮影:寺司正彦


 だれもが知っている民話『鶴の恩返し』にもとづく《夕鶴》。木下順二の原作に、團伊玖磨が作曲したこの作品は、これを超える日本オペラはもう現れないのではと思うほど、美しく、感動を呼ぶ。

 その開幕が目前に迫っている。7月1日、2日、日本オペラ協会が4年半ぶりに、新百合ヶ丘のテアトロ・ジーリオ・ショウワで上演するのである。初日にヒロインのつうを歌うソプラノは、この役を十八番にし、同協会が2018年2月に新宿文化センターで上演した際、圧倒的な称賛を勝ちとった佐藤美枝子だが、今回はダブルキャストで7月2日に同役を歌う砂川涼子に注目したい。

「この音楽は私のためにある」


 美しく抒情的な声と、それを息に乗せてたしかに響かせる骨太なテクニックは比類なく、声と同様に舞台姿でも聴衆を魅了する砂川。つう役にはこれ以上ない適材だと思うが、意外にも「歌うのは今回初めてなんです」と語る。

 「去年3月、ソプラノの伊藤京子先生の追悼コンサートで、先生が得意とされていた、つうが最後に歌う別れのアリアを歌ってください、というお話をいただき、初めて歌ったんです。私好みの旋律で、『この音楽は私のためにある』と思うくらい魅了されました。すると、聴いてくださっていた(日本オペラ協会総監督の)郡愛子先生が『とてもぴったりだと思うんだけど、歌ってみませんか』と誘ってくださったんです」

 このインタビューに続いて稽古を見学し、砂川のつう役が予想どおりに適材中の適材であることを確認し、なぜこれまで歌っていなかったのか、と不思議に思ったが、「ご縁がなかったというのが大きな理由で、お断りしていたわけではないんです」。

 でも、デビューがいまになったのは、むしろ幸いだったようだ。

左:砂川涼子(つう) 右:海道弘昭(与ひょう)

 「駆け出しのころだったら難しかったかもしれません。西洋のオペラを勉強し、舞台に立ってきたおかげで、その延長で日本語の作品にもスムーズに入れた気がします。歌い方が変わるわけではなく、言葉をあつかうという意味で、イタリア語もフランス語も日本語も同じだ、と気づいたのは発見でした。日本語で歌うと響きが浅くなる、といわれますが、歌ってみるとそんなこともありません。イタリア語の抑揚を大切にするように日本語の抑揚を大切にしていけばうまくいく、と感じながら稽古を重ねています」

 つうというキャラクターについても、「歌ってみて、無理なく入り込めました。どんな役でも、歌うだけでなくドラマを作っていくのが大事だと思っていますが、そういう面もふくめ、つうはとてもやりがいがあって、これからもぜひ歌っていきたい、と思える役と出逢うことができました」。

左:市川宥一郎(運ず) 右:田中大揮(惣ど)
左:海道弘昭(与ひょう)

愛する人を守るための芯の強さ


 指揮はイタリア・オペラを情熱的に表現する柴田真郁。砂川もそういうイメージを抱いていたそうだが、「同時にすごく繊細で、言葉に対するイメージをとても持っていらして、音楽稽古のときから『こんなふうに歌ってみたらどうでしょう』というディスカッションがあって、マエストロが思い描いているつう像がハッキリ伝わってきました。とくに言葉のあつかい方に関しては細かく指示があります。
 私がイメージしているのは、伊藤京子先生のような清潔感がある美しく清らなつうなので、流れるように音楽を運んでくださると、私の声にも合うし音楽も流れていいかな、と思うのですが、そんな相談もできます。たっぷり歌いたい方もいらっしゃるでしょうが、歌手ごとに細かく調整してくださり、すばらしいマエストロです」。

 そして、演出は岩田達宗。10年前に兵庫県立芸術文化センターで新制作され、大評判になった舞台である。

中央左:柴田真郁 中央右:岩田達宗

 「岩田さんの演出にはいつも、『えっ、そこにいくんだ!』と思うような発見がたくさんあります。《夕鶴》についても、つうは鶴なので優雅で立ち姿が美しいのですが、岩田さんはこうおっしゃいます。
 鶴は自分の巣や子どもを守るためにはとても強くなって、敵の目をくちばしでつつくほど狂暴にもなる。それがつうにもあるんだけど、動物としての凶暴さではなく、与ひょうという愛する人を守るために強くある。また、与ひょうとつうがご飯を食べる場面で、つうは鶴なので、人間の食べ物が食べられない。それでも、ご飯をたくさん作って愛する人を幸せにしたい。好きになってはいけない人間を好きになり、罪のようなものを感じながら、覚悟のうえで与ひょうと一緒にいるんだ、と。
 さすがは岩田さんです。そういう解釈が、人間たちに『私の与ひょうを返して』と訴える劇的な場面につながって、全然弱弱しくないつうになっています。だから私も、イメージしていたよりもはるかに走り回っています」

 稽古でも砂川は、美しさのなかに強さを秘めた声を響かせながら、走り回っていた。そして歌にも姿にも、さり気ない幸福がにじみ出る。

 「『ご飯を一緒に食べる以上の幸福はない』と岩田さんはおっしゃいます。だから一緒に食べるのもこれが最後だとわかったときが特別。指輪を買ってもらえる、旅行に連れて行ってもらえるとかじゃなく、大切な人と言葉を交わさなくても静かに過ごし、『ご飯にしましょうか』『そうだね』っていう時間がほしいんだよ、これが幸せでしょ、と。私もそういう思いが強かったので、いいなと思いました。自分がふだん思っているようなことが《夕鶴》に描かれているんだな、ステキだな、と感じています」

 砂川の話を聞いているだけでも、幸福な思いに包まれる。オペラの舞台で表現されたとき、どれほどステキだと感じられることだろうか。

日本オペラ協会公演
日本オペラシリーズNo.85《夕鶴》
 
2023.7/1(土)、7/2(日)各日14:00
テアトロ・ジーリオ・ショウワ


指揮:柴田真郁
演出:岩田達宗

出演
つう:佐藤美枝子(7/1) 砂川涼子(7/2)
与ひょう:藤田卓也(7/1) 海道弘昭(7/2)
運ず:江原啓之(7/1) 市川宥一郎(7/2)
惣ど:下瀬太郎(7/1) 田中大揮(7/2)

児童合唱:こどもの城児童合唱団
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2307_yuzuru/