INTERVIEW 森谷真理(ソプラノ)

歌姫が導くドラマティックな愛
〜歌曲と名アリア集、異なるプログラムで描く言葉の世界

取材・文:宮本明 写真:藤本史昭

 森谷真理——オペラでコンサートで、いま最も歌声を聴く機会の多いソプラノが彼女だろう。まさに引っ張りだこ。2006年に《魔笛》夜の女王で衝撃的にMETデビュー、2010年からはリンツ州立劇場と専属契約して欧州でのキャリアを重ねた。4年前に帰国して、日本のファンがその充実した活動を間近に見聞きできるようになったのはうれしいかぎり。6月に杜のホールはしもと(神奈川県相模原市・535席)とトッパンホール(東京都文京区・408席)で、2つの異なるプログラムのリサイタルに出演する。

 杜のホールはしもと(6/4)のプログラムは、シューベルト歌曲とオペラ・アリア集。〈ます〉や〈野ばら〉〈アヴェ・マリア〉など、誰もが知る名曲も歌ってくれる。

「〈糸を紡ぐグレートヒェン〉は、プロになりかけぐらいの頃はコンサートで歌っていたんですけど、キャリアがそこそこできてきてからはプログラムに入れたことがありませんでした。
 最近気がついたんですけど、皆さんもよく知っている、たとえば〈ます〉とか〈野ばら〉とかって、実際のコンサートで耳にすることが意外に少ないんじゃないかって。私、このあたりの定番曲も好きなんですよ。定番なんだけれども、じつはあまり味わってないものって案外あると思いません? チュッパチャプスとかアルファベットチョコレートとか。私はけっこう好きで買うんですけど(笑)」

 歌曲は、最近の彼女が積極的に取り組んでいるジャンルでもある。演出家や指揮者がいるオペラと違って、歌曲はすべてを自分が作り上げる世界であるのが面白いという。ただし、根本的な向き合い方は歌曲もオペラも同じだと語る。

「一緒ですね。オペラは対話。舞台の上の登場人物に向かって歌っていますよね。歌曲は舞台の向こうの客席に向かって、観客に歌いかけている。語る相手が違うだけ。言葉を伝えるという面では同じですから、基本的なアプローチは一緒なのかなと思っています。演劇か朗読か、みたいな違いでしょうか」

 一方のトッパンホール(6/9)は、ヴェルディの作品を年代別に3回に分けた「Viva Verdi !」シリーズの最終回「後期」。シリーズ前回の「中期」に続いてバリトンの大西宇宙が共演。彼とともに《運命の力》《アイーダ》《ドン・カルロ》《オテッロ》など後期作品の名アリアをたっぷり聴かせる。

「私はヴェルディが好きなんです!というコンサートです(笑)。アメリカやオーストリアにいた時は、けっこうヴェルディのオペラを歌っていたのですが、日本に帰ってきてからは、機会がかなり減りました。いつも歌いたいと思っている作曲家です。
 このシリーズの1回目はソロで、30分のランチタイムコンサートでした。その時、30分なら声のセーブも何も考えないで全力疾走して、全部出し切ることができるなと思ったんです。ひたすら声を出す。よし、じゃあいい機会だから、昔からやりたかったヴェルディの初期作品を集めてしまおうと。アメリカ時代からずっと勧められていたんですけど、なかなか歌える機会がなくて。初期だけではもったいないなと思っていたら、中期、後期とやらせていただけることになりました。楽しみです。やっぱり素晴らしい作品ばかりですもんね」

 大西宇宙とは、ともに武蔵野音楽大学・同大学院からニューヨーク(森谷はマネス音楽院、大西はジュリアード音楽院)で学んだという共通の経歴を持つ先輩後輩。

「初めて会った時の大西君の元気で前向きな印象は今でも鮮明に覚えています。彼がニューヨークに来たのは、もう私がリンツに行くという時だったので、バトンタッチしたぐらいの感じでしたけど、すごく期待していたし、いまも期待しています。クレバーで人懐っこい人ですね。どなただったか、人たらしだと言ってましたよ。
 前回共演して思ったんですけど、自分と似てるなというところがあるんですよ。勉強のプロセスとか、暗譜の感じとか。やっぱりアメリカン・スタイルってあるのかなあと思いました。『そうそう、その感じ!』って。どこで学んだかというのは影響がありますよね。独特の色というか、何かの価値観やアプローチの仕方かもしれないですし、もしかしたら歌い回しや舞台マナーも」

 両公演とも、ピアノは河原忠之。あらゆる歌手たちが無類の信頼を寄せる名手だ。

「ピアニストがただピタリと合わせてくれるから歌いやすいかというと、違うんですよ。私は逆に、好き勝手にやってくれるほうが好きです。河原さんは、全力でピタッと寄り添ってくださって、でも丸投げではないという感じ。二人三脚感がすごいんです。独特の受信力なのか発信力なのか、暗闇を一緒に歩いて、たとえ姿が見えなくても、必ず隣にいてくださるのがわかるような、そんな感じのピアニストです。杜のホールはしもとでのシューベルトは、日頃からその河原さんと、いつかやりたいねと言って楽しみにしていたプログラムでもあります」

 彼女のドラマティックな歌声はじつに魅力的。でも、さらに私たちを惹きつけるのは、その深い表現力だ。

「声を使って表現することはずっと好きでした。それは大学時代から変わっていません。ただ、大学生の時って、テクニックが追いついていないので、表現しようにも、まったく自分の思いどおりにならない。だからテクニックを磨かなければ、ということになるわけです。ここは絶対にこういう音色で歌いたいとか、このフレーズは何がなんでも繋げたいとか。音楽的に、自分のやりたいことへのこだわりがありました。いまはさらに、もっとドラマ的なこだわりもあるので、自分への要求は強くなっていますね。声じゃなくて、音楽。音を出すというよりは、音楽を作りたいと思っています。
 それがアメリカに行って重宝がられたのかもしれません。音楽性や芸術性の評価も、声のテクニックに対する評価も、日本とは真逆でした。そのおかげで、プロになるまでの時間がだいぶスピードアップしたという感覚はありますね。もし日本にいたままだったら、私の場合は、プロになれたかどうかわかりません。
 自分がこれからどこに向かっていくのかまだわからないですけど、『彼女の生きざまだからこそ成し遂げることができたんだろうな』と思ってもらえるものが出るといいですね。自分のいままでの全部が糸でつながっていて、その先端が、集大成のようにおもてに出てくれば幸せだなって思います。声も表現も」

Information

シリーズ杜の響き vol.48
 森谷真理ソプラノ・リサイタル

2023.6/4(日)14:00 杜のホールはしもと・ホール

●出演
森谷真理(ソプラノ)
河原忠之(ピアノ)
●曲目
シューベルト:夜と夢 op.43-2 D827
       ます op.32 D550
       野ばら op.3-3 D257
       糸を紡ぐグレートヒェン op.2 D118
       ガニュメート op.19-3 D544
       アヴェ・マリア op.52-6 D839
ヴェルディ:オペラ《オテッロ》より
      〈柳の歌~アヴェ・マリア〉
ベッリーニ:オペラ《ノルマ》より〈清らかな女神よ〉
プッチーニ:オペラ《ラ・ボエーム》より
      〈私が街を歩けば〉(ムゼッタのワルツ)
シャルパンティエ:オペラ《ルイーズ》より〈その日から〉
ドヴォルザーク:オペラ《ルサルカ》より〈月に寄せる歌〉
※曲目等は、都合により変更になる場合がございます。
●料金
全席指定4,500円/学生(25歳以下)2,500円

問:チケットMove042-742-9999
http://move-ticket.pia.jp

森谷真理(ソプラノ)&大西宇宙(バリトン)
 Viva Verdi! III 後期
 
2023.6/9(金)19:00 トッパンホール
 
●出演
森谷真理(ソプラノ)
大西宇宙(バリトン)
河原忠之(ピアノ)
●曲目
ヴェルディ:《運命の力》より
      〈私はペレーダ〉〈神よ、平和を与えたまえ〉
      〈この中に私の運命がある〉
ヴェルディ:《アイーダ》より
      〈おお、わが故郷〉〈ああ、お父様!〉
ヴェルディ:《ドン・カルロ》より
      〈わが最後の日が来た〉〈世のむなしさを知る神〉
ヴェルディ:《ファルスタッフ》より
      〈これは夢か?まことか?〉
ヴェルディ:《オテッロ》より
      〈イアーゴのクレド ―無慈悲な神の命ずるままに〉
      〈泣きぬれて野のはてにひとり(柳の歌)~
        アヴェ・マリア〉
●料金
全席指定:6,500円/U-25:3,000円
 
問:トッパンホールチケットセンター03-5840-2222
https://www.toppanhall.com

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