第51回サントリー音楽賞 受賞記念コンサート 河村尚子(ピアノ)

時代を超えた作品を様々な編成で味わう二夜

(c)Marco Borggreve

 綺羅星のごとく、数多くの優れたピアニストが活躍するなか、いつも期待を超えてくるのが河村尚子だ。3月に開かれるサントリー音楽賞の受賞記念コンサートは室内楽(共演:ドーリック弦楽四重奏団)と協奏曲(共演:山田和樹指揮、読響)の二夜にわたる贅沢なプログラムで、選曲もこれまでとは一味ちがうラインナップである。

 河村が受賞した3年前には、「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクト」が完結した。2004年の日本デビュー以来、ショパン、シューベルト、シューマンといったロマン派の作曲家で聴衆を魅了してきた彼女が、ベートーヴェンのソナタに真正面から取り組んだのはこの時が初めて。インタビューでは子どもが生まれてたくましくなり、遠い存在に感じていたベートーヴェンのエッジの効いた音楽に共感できるようになったと語っている。ちょうどベートーヴェン生誕250年に向けて、気運が盛り上がっていた時期で、明るく楽しげで生命力がみなぎる第32番、真摯でしなやかな第29番「ハンマークラヴィーア」など、作曲家の心情に分け入る河村の解釈はとても新鮮だった。

 13年前、評論家の吉田秀和は河村のピアノを「感情の表現の密度が濃いという点がいちばんの特徴」と述べた。音楽に託された情感に共鳴する繊細さと濃やかさこそ、ずっと変わらない彼女の真骨頂である。逆にいうと、作品に込められた作曲家の気持ちに共感できなければ、演奏会で取り上げることはない。人生を積み重ねながら、河村は等身大で解釈できる作品を一つひとつ、着実に増やしてきた。

 今回の曲目で個性的なのがレベッカ・クラークとエイミー・ビーチという女性作曲家の作品だ。ドイツ・エッセンのフォルクヴァング芸術大学の教授を務める河村は、コロナ禍の3年間、ピアノを学ぶ学生に週1度のオンライン・スピーチを課した。そこで、女性作曲家について紹介し合う機会をもって、あらためて彼女らの音楽のすばらしさに目覚めたという。イギリスに生まれ育ち、後年は合衆国で過ごしたクラークの骨太でモダンな味わいをもつピアノ三重奏曲、後期ロマン派の作風をもつアメリカのビーチの華やかな協奏曲は、いずれも彼女たちへの想いを反映した演奏となるはずだ。

 矢代秋雄の代表作であるピアノ・ソナタも必聴である。受賞理由ともなった矢代のピアノ協奏曲での鮮烈な演奏を思い出す。河村のレパートリーとして熟しているシューマンのピアノ五重奏曲とブラームスのピアノ協奏曲第2番では、どんな進境がうかがえるのか。今から胸が高鳴る。
文:白石美雪
(ぶらあぼ2023年2月号より)

[室内楽]
2023.3/9(木)19:00 サントリーホール ブルーローズ(小)
[協奏曲]
3/13(月)19:00 サントリーホール
問:サントリーホールチケットセンター0570-55-0017 
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