ロン=ティボー国際音楽コンクール ピアノ部門 セミファイナルを振り返る

2022秋 高坂はる香の欧州ピアノコンクールめぐり旅日記 6

 ロン=ティボー国際音楽コンクールピアノ部門、10名が演奏したセミファイナルが終了しました。発表翌日の朝10時からスタートして全員が1日で演奏するというタイトなスケジュール。そしてその日の夜、ファイナリストの6名が発表されました。

上段左より:重森光太郎、GUO Yiming、DAVIDMAN Michael
下段左より:LEE Hyuk、亀井聖矢、NOH Hee Seong
重森光太郎/SHIGEMORI Kotaro(日本・22歳)🇯🇵
GUO Yiming(中国・20歳)🇨🇳
DAVIDMAN Michael(アメリカ・25歳)🇺🇸
LEE Hyuk(韓国・22歳)🇰🇷
亀井聖矢/KAMEI Masaya(日本・20歳)🇯🇵
NOH Hee Seong(韓国・24歳)🇰🇷

 こうしてみると、本当にタイプの違う、一部は真逆といっていいような個性を持つピアニストたちが顔をそろえています。おもしろい。日本からは、重森光太郎さん、亀井聖矢さんがそろってファイナルに進出しました。

 さて、ファイナルを前に、セミファイナルの様子を振り返りたいと思います。

 45分のリサイタルによるセミファイナルは、ほぼ固定プログラムだった予選とは変わってほとんど自由。ただ、これもまたひとクセあったのが、聴きどころの記事でも紹介していた通り、ショパンの「24のプレリュード」から第16番を必ず入れなくてはいけないというもの。たった1分ほどの曲ですが主張の強い作品ですから、これをどこにいれるか、みなさんやはりとても悩んだようです。

 朝10時からトップで演奏したアメリカのMichael Davidmanさんは、現代フランスの作曲家、ニコラ・バクリのソナタ第2番で始め、「異なるタイプの音楽をもってきたかったし、とても好きな作品」ということで選んだという、フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」を続けます。華のある、パワフルで賑やかな音の持ち主です。

Michael Davidman ©︎Masaya Kamei

 爆速でプレリュード第16番を演奏すると、その同じタッチでラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番をはじめ、「ああ、ここをこうしてつなげて聴かせようというプログラミングだったのだな」と。同じ変ロ短調の作品を続けて置く形です。
 おそらく24曲セットのときはもちろん、他のシチュエーションで弾くプレリュード16番とは全然違う演奏だったのだろうと思い聞いてみると、
「その通りだと思います。次のラフマニノフの作品のことを思っていたら、あの表現になりました。これを、そう“決断した”と言っていいのかすらわかりません。“起きる”という感じなんです。もちろん事前にいろいろ考え、自分が何をしたいのか細部まで深く掘り下げています。何度も録音して確認するときもあるくらい。でもステージに立ったあとは、流れに任せるだけなんです」とのこと。
 ファイナルに進出、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏します。

 続けて登場したフランスの最年少17歳、Paul Lecocqさんは、ショパンの他のプレリュード、第19番を合わせる方法でこの“プレリュードどこに置く”問題をクリアしていました。さらに最初と最後にベートーヴェンの32の変奏曲ハ短調とアルベニスの「セビリアの聖体祭」を置く、変奏曲サンドのプログラムでした。

Paul Lecocq ©︎Haruka Kosaka

 中国のYimin Guoさんは、現代オーストラリアの作曲家、カール・ヴァインのソナタ第1番から。清潔感のあるクリアな音が作品によく合い、続くヤナーチェク「霧の中で」でも、柔らかい音が、霧に覆われた庭の風景を思わせるよう。ブラームスの「パガニーニの主題による変奏曲」第2巻も品のある音でまとめます。彼は、一番最後にプレリュード16番を置くというめずらしいパターンでした。
 ファイナルに進出、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を演奏します。

Velère Burnon ©︎Haruka Kosaka

 ベルギーのVelère Burnonさんも、このプレリュードの配置は「ややこしい問題で悩んだ」とのこと。
 彼は、リゲティの「悪魔の階段」とリストのロ短調ソナタを弾きたいというところからプログラミングを考え、ショパンのノクターン第8番の変ニ長調から、平行調の変ロ短調のプレリュード16番につなげることで、自然な流れを作ったそうです。

 最後に演奏した韓国のイ・ヒョクさんも、ショパンのノクターン(彼の場合は第18番ハ短調を選択)からプレリュード16番をつなぎました。
 そのショパンの部を終えて、変ロ長調のプロムナードで始まる、ムソルグスキー「展覧会の絵」へ。明確なタッチで鳴らす音とクリエイティブなキャラクターによく合う選曲だったと思います。
 ヒョクさんはファイナルに進出、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番を演奏します。

Hyuk Lee ©︎Haruka Kosaka

 同じく韓国のNoh Hee Seongさんは、スクリャービンのピアノ・ソナタ第2番、プレリュード16番という曲順。そして、ベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ第32番という、多くのことが求められる作品を演奏しました。
 予選のメフィスト・ワルツもとても健康的でスポーティな演奏でしたが、セミファイナルのベートーヴェンも生気に満ちた音が印象的です。
 ファイナルに進出、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏します。

 もう一人、韓国からのセミファイナリストだったYoul Sunさんは、ラモー、ハイドンではじめ、プレリュード16番をはさんで、「ペトリューシュカ」というプログラム。粒立ちのよく美しい音が記憶に残ります。

 ジュネーヴ国際コンクールで第3位に入賞したばかりということで注目されていたZijian Weiさんは、スクリャービンのソナタ第5番、サミュエル・バーバーの「遠足」、プレリュード16番、そしてラヴェルの「ラ・ヴァルス」というプログラム。今日もその楽しそうな弾き姿から、「全作品大好き!」という気持ちが伝わってきます。なかでもバーバーでは、明確で雰囲気のある音楽づくりから、作品の魅力が存分に伝わってきました。

 こちらのお二人はファイナルには進むことができず、残念です。しかもWeiさん、結果発表のとき、事務局長から「あなたのラ・ヴァルスはすばらしかった、7番目で惜しかった」的なことを言われ、微妙にステージに上げられたという…そんな状況も受け入れる優しいWeiさん。

 そして日本からの二人のピアニストたち。

 重森光太郎さんは、表情豊かなバッハのトッカータからスタート。バロック作品からはじめ、45分間でいろいろなキャラクターを見せられるプログラミングを心掛けた、とのこと。
 またプレリュードの16番については、1曲だけ弾くのはご本人的にちょっとしっくりこない、ということで、同じ前奏曲集から13番、17番とあわせるスタイルでした。

Kotaro Shigemori ©︎Haruka Kosaka

 ラヴェルの「スカルボ」を演奏したのち客席からは拍手が起こり、続くワーグナー=リストの「タンホイザー序曲」へ。 
 「一番好きな歌劇で、大学の卒業試験でも弾いた思い入れのある曲」だと重森さん。柔軟なタッチで生み出すパワフルな音、楽曲への愛着や、こういう物語がつくりたいという想いが伝わってくる表情豊かな演奏が強い印象を残します。
 弾き姿を見ていて肩甲骨周りが柔らかそうだなと思って聞くと、先生からは「もっと柔らかくしろ」と言われ続けて少しずつがんばっているところ、とのこと。先生の求める柔らかさ、どれだけなんだ!
 ファイナルでは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏します。

 亀井聖矢さんは、ラヴェルの「夜のガスパール」からスタート。なめらかに低音を響かせながらじっくりと足どりを進め、最後の「スカルボ」で覚醒すると、客席から拍手が起こります。フランスのコンクールで夜のガスパールを弾くことには勇気がいったけれど、全体のバランスを考えて思い切って選んだそうです。
 続けてプレリュード16番を置いたのは、「作品が浮かないよう、静かに消え入るような曲の後で弾きたかったから」とのこと。

Masaya Kamei ©︎Haruka Kosaka

 そこから細川俊夫「ピエール・ブーレーズのための俳句」へ。選曲については、「フランスの作曲家に向けて日本人の作曲家が書いたものを、フランスのコンクールで日本人の自分が弾くことに意味合いを感じる」こと、また、「前後の作品によって聴こえ方が変わってくるこの作品をここに差し込みたかった。最後の《ノルマの回想》に向けて、プログラム全体もぎゅっとしまったと思う」と話していました。
 これほどのプログラムを弾いて、演奏後はぐったり。俯いて椅子に座り込む姿に、「『あしたのジョー』の最後のシーンみたい」と言ったら、わからないと言われました。三島由紀夫も連載を楽しみにしていた昭和の名作漫画だから読んでほしい。いや、読まなくてもいいけど。
 そんな亀井さん、ファイナルではサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番を演奏します。

Salle Cortot ©︎Haruka Kosaka

 2日間の空き日をおいて、ファイナルは11月13日、日曜日。現地時間11時(日本時間19時)から3名、15時(同23時)から3名というスケジュールです。会場はパリのシャトレ座。ファイナリストは、フランソワ・ブーランジェ指揮ギャルド・レピュブリケーヌ管弦楽団と共演します。

♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/