こころ穏やかに音楽で語り合う
現代の巨匠・舘野泉と、10代から第一線で活躍し続ける千住真理子。この二人の共演を想像したことがある人はどれだけいるだろう。まさに夢のデュオ。
千住「2020年に初めて共演させていただきました。舘野先生の音の美しさ! 左手だけで弾いているとは到底思えない、雄弁で、流れるような豊かな歌に包まれる幸せを感じながら弾いていました」
舘野「千住さんのご活躍されている姿はもちろんずっと知っていましたけど、共演というのはなかなか機会がなくて。とてもうれしいお話でした」
プログラムには「G線上のアリア」「タイスの瞑想曲」「夢のあとに」などおなじみの名曲も並ぶ。しかしピアノ・パートは左手用に編曲されたものだ(編曲:光永浩一郎)。2002年に脳溢血で倒れ右半身不随となった舘野が、左手のピアニストとして復活したのはご存知のとおり。不屈の音楽家だ。
千住「楽譜をどう見ても、左手だけで弾くのは絶対に不可能なんです。それを無理矢理お願いするのは、先生をいじめるようなもの。いくらなんでもこれはやめませんか?と提案申し上げたんですけど、『いや、そんなことない。練習します』と穏やかにおっしゃって。そして見事に音にしてくださいました。びっくりしました」
舘野「あははは。じつはね、最初から左手のために書かれた曲よりも、両手で弾く通常の曲を編曲した作品のほうが弾きにくいんですよ。編曲者には、やっぱり作曲者への尊敬の気持ちがあるでしょう? なるべく原曲に忠実に、と考える。それを左手でカバーしようとするから難しい。もうちょっと大胆に音を削ってしまって、スムーズに流れるようにしてくれれば素敵なんだけど(笑)。でも、彼らが原曲を大事に思っている気持ちもひしひしと感じるので、譜面を読んでいるだけでも楽しいというか、豊かな世界が広がるんです」
もちろんヴァイオリンと左手のピアノのために書かれたオリジナル作品は聴きどころだ。谷川賢作の「スケッチ・オブ・ジャズ2」と、久保禎(ただし)「5つの風景画」から、数曲ずつ演奏する。
千住「谷川さんの曲はすごく楽しいんです。私はジャズ系ってあまりなじみがなかったのですけど、今回先生と一緒に弾かせていただいて、わっ、楽しい!と。すごく面白味があって、おそらく、聴いてくださる方も楽しめる作品です」
舘野「久保さんの『5つの風景画』も素晴らしいですよ。すごく難しいんだけど、歌がとても自然に入ってくる。時間の中にたくさんのことが入っていて、素晴らしい音楽になっています」
千住「本当にそうですね。世界がふわっと広がっていくような音が、先生の指から溢れてきます」
舘野「今回弾くのは2曲だけ。でも5曲とも素晴らしいからね。千住さんにはぜひ全部弾いてもらいたいと思っています」
千住「ぜひ、次こそはいたしましょう!」
プログラム前半にはそれぞれのソロも聴ける。千住はJ.S.バッハの「無伴奏パルティータ第2番」から〈アルマンド〉と〈シャコンヌ〉。舘野は久保禎の「左手の祈り」と梶谷修の「土曜日の森」。上述の谷川、久保作品も含めて、舘野のために書かれた作品だ。
千住「私も現代曲を弾きますが、それは活動のほんの一部。先生はある時から、それがすべてになって、でも積極的に、演奏不可能のような曲にも果敢に向かっていく。それはすごいことだと思います」
舘野「でもね。たとえばバッハのように、いろんな方がずっと弾き続けている音楽。それぞれの方が違う世界を持って弾き続けて、それでバッハの世界を磨いていくというのは、すごく大事なことです。千住さんはそういう、作曲家の大きな世界の中で生きている。僕は音楽っていうのは、自分の主張をそんなに強く出さなくてもいいんじゃないかと思うんですよ。文楽の人形遣いは、そんなに表情を変えませんよね。人形とともに生きているというかね。演奏家も、作曲家に対して、そうあるべきではないかなと思う。千住さんはそういうヴァイオリニスト。楽しみです」
取材・文:宮本明
(ぶらあぼ2022年9月号より)
【information】
アフタヌーン・コンサート・シリーズ 2022-2023 千住真理子 & 舘野 泉 デュオ・リサイタル
2022.10/4(火)13:30 東京オペラシティ コンサートホール
曲目/
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より〈アルマンド〉〈シャコンヌ〉(千住ソロ)
久保禎:左手の祈り(舘野 泉に捧ぐ)(舘野ソロ)、「5つの風景画」より
梶谷修:土曜日の森(舘野 泉に捧ぐ)(舘野ソロ)※初演
谷川賢作:「スケッチ・オブ・ジャズ2」より
J.S.バッハ(光永浩一郎編):G線上のアリア
マスネ(光永浩一郎編):タイスの瞑想曲
フォーレ(光永浩一郎編):夢のあとに
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp