森谷真理(ソプラノ)& 大西宇宙(バリトン)
Viva Verdi!II 中期

“ほんとうのヴェルディ”を聴かせる傑出した2人の夢の共演

左:森谷真理 (C)タクミジュン 右:大西宇宙 (C)Simon Pauly

文:香原斗志

 森谷真理と大西宇宙。世にいう典型的な「ヴェルディ歌手」のイメージは、あまりない2人だが、あえて強調したい。この2人以上にヴェルディを歌える歌手が、いまの日本にいるだろうか、と。

 なにか特別なもののように「ヴェルディの声」といわれ、それは厚みがある劇的な声を指すようだが、その呼び名が誤解のもとだ。ヴェルディは処女作《オベルト》(1839年初演)から、半世紀以上もオペラを書き続けた作曲家。その間に生み出されたすべての作品に求められる声を、ひとくくりにできるはずがない。

 だが、ヴェルディが長いキャリアを通し、一貫して歌手に求めたことはある。さまざまな発想記号などを通し、歌に無限の色彩やニュアンスを加え、極端なまでに強弱をつけながら声の操舵で人物を深掘りすることである。

 そのことは2018年12月、「Viva Verdi! 初期オペラのヒロインたち」と題して森谷が歌った、トッパンホールのランチタイムコンサートを聴いた人には伝わると思う。

 初期の作品は、とりわけソプラノのパートはコロラトゥーラが頻出し、ニュアンスに富んだフレージングも欠かせない。そこを踏まえて歌ってはじめて、ヴェルディが描いた人物に血が通う。反対に立派な声を大仰に響かせるほど、ヴェルディの狙いから遠ざかる。それを伝えたくて、森谷は《エルナーニ》や《海賊》といったオペラのアリアを選曲し、目利きのトッパンホールが後押ししたのだろう。

 そして、いよいよ「Viva Verdi!Ⅱ」が5月27日に開催される。花開いたほんとうのヴェルディが中期の作品に広がる。楽譜を見るかぎり、中期の作品に求められるのも、細やかでニュアンスに富む歌唱である。森谷の真骨頂が発揮されるのは当然として、大西宇宙が共演するから鬼に金棒だ。

左:河原忠之 右:森谷真理
2018年12月 ランチタイム コンサート Vol.98「森谷真理(ソプラノ) Viva Verdi!」より(C)栗山主税

ヴェルディに近づけるテクニックとニュアンス

 森谷は不思議なソプラノである。メトロポリタン歌劇場に《魔笛》の夜の女王で鮮烈デビューしたのは語り草だが、驚かされるのはレパートリーの広さだ。この3、4年で歌ったのも、ロッシーニ《湖上の美人》、ドニゼッティ《ランメルモールのルチア》、プッチーニ《蝶々夫人》、R.シュトラウス《サロメ》、ベルク《ルル》……と、脈絡がないほど広い。

 ところが、いずれも完璧に歌いこなしている。ロッシーニのヒロインとサロメなどスタイルが異なりすぎて、無理に両方を歌えば、たちまち声を壊しかねない。だが、森谷はそれぞれ説得力をもって歌いきる。

 そんなことがなぜ可能か。それは森谷の歌を聴けばわかる。コロラトゥーラを難なくこなし、ロッシーニの難役を歌って無理がない。一方、声は軽やかだがよく透るので、声を張り上げなくても、声に加える色彩でサロメという人物を深掘りできる。

 ヴェルディに求められるのは、特に中期まではそういう柔軟な歌唱である。《トロヴァトーレ》のレオノーラにはコロラトゥーラが不可欠だ。《リゴレット》のジルダは、弱音まで完璧にコントロールされた繊細な歌唱と、豊かな情感の両立が欠かせない。ともに森谷の得意分野である。

 一方、《シモン・ボッカネグラ》のアメーリアや《椿姫》のヴィオレッタは、縦横なデュナーミクと、フレーズに加えるニュアンスが勝負。サロメや蝶々さんのような劇的な役を、軽やかな声に負担をかけずに歌いきる森谷には、お手のものだろう。

自然な響きで歌われるノーブルなヴェルディ

 武蔵野音楽大学の先輩である森谷に触発されてニューヨークのジュリアード音楽院で学び、シカゴ・リリック・オペラで研鑽を積んだ大西も、ほんとうのヴェルディを歌う。声を力強く朗々と響かせる「ヴェルディ・バリトン」にあやかろうとして、のどに力が入ってしまう歌手も少なくないが、大西の歌にはそんな無理がない。

 身体という楽器でつくり上げた音を、自然に息に乗せることができるから、歌に力みが少しもない。その証拠に、大西は歌いながら口をあまり大きく開けない。口に達する前に自然な響きができているからである。

 力が入りすぎたらヴェルディにならない。ヴェルディはバリトンにも、力強さ以上に美しく、変化に富み、ニュアンス豊かなレガートを求めるからだ。それに応えてスタイリッシュかつ感情豊かなヴェルディを歌うためには、大西のような自然で柔軟な響きが欠かせない。

 これまでヴェルディに挑む機会は必ずしも多くなかった大西も、次第に声が成熟し、歌い時を迎えている。昨年、《椿姫》のジェルモンを聴いたが、自然な響きのノーブルなフレージングが比類なかった。あえて「ヴェルディの声」というなら、それは大仰な押し出しの彼岸にあるノーブルな声で、あらゆる感情を織り込む土台はそこにある。その点で大西のヴェルディは一頭地を抜いている。

 そんな2人の夢の共演。ドレスデン国立歌劇場で《蝶々夫人》を成功させた森谷の凱旋公演であることも加えておこう。さらに加えるなら、2人ともヴェルディが大好きで、ヴェルディの様式をしっかり踏まえている。オペラを知り尽くした河原忠之のピアノを得て、ほんとうのヴェルディがトッパンホールを満たすに違いない。


【Information】
森谷真理 & 大西宇宙 Viva Verdi! II 中期

2022.5/27(金)19:00 トッパンホール


出演
森谷真理(ソプラノ)
大西宇宙(バリトン)
河原忠之(ピアノ)

プログラム
ヴェルディ:《シチリア島の夕べの祈り》より
 〈アリーゴよ!ああ、心に語れ〉〈ありがとう、愛する友よ〉[森谷]
ヴェルディ:《仮面舞踏会》より
 〈希望と喜びに満ちて〉〈立て!〜お前こそわが魂を汚す者〉[大西]
ヴェルディ:《シモン・ボッカネグラ》より
 〈貧しい一人の女に〜娘よ、その名を呼ぶだけで〉[森谷&大西]
ヴェルディ:《椿姫》より
 〈神様は私に、天使のような娘を〉[森谷&大西]
ヴェルディ:《トロヴァトーレ》より
 〈君の微笑みの妙なる輝きは〉[大西]
 〈聞いたかな、朝ともなれば〉[森谷&大西]
ヴェルディ:《リゴレット》より〈いつも日曜に教会で〉[森谷&大西]

問:トッパンホールチケットセンター03-5840-2222
https://www.toppanhall.com