野平一郎音楽監督が拓く、東京文化会館の未来

 東京文化会館の2022年度主催事業ラインアップ記者懇談会が3月15日に行われ、2021年9月に音楽監督に就任した野平一郎らが出席し、概要を説明した。

野平一郎

 注目すべきは、小ホールで行われる5本の舞台公演。まず、クラシック×他ジャンルのコラボレーションといった実験的な舞台芸術作品を発信する「舞台芸術創造事業」では2作品を取り上げる。1作目は、2019年度の上演で好評を博した歌劇《400歳のカストラート》の再演。カウンターテナー藤木大地による企画原案で「もしカストラートが現代に生きていたら」をテーマに、古典から現代まで400年の時空を旅する。音楽監督・作編曲・ピアノ演奏を担当する加藤昌則の新作も散りばめられ、原語歌唱に日本語による語りが入るなど、初心者にもわかりやすい工夫が凝らされた作品だ。2作目は、芥川龍之介が亡くなる前、遺書のように綴った短編小説を題材とした歌劇《note to a friend》の日本初演。東京文化会館が関係を深めてきたジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)との国際共同制作は、ロックダウン下のアメリカにおいて制作準備が難航し、開館60周年記念事業としての2021年度の実施は見送られた。来年度、ようやく実現となる。新曲を委嘱したデヴィッド・ラングが脚本も手がけ、演奏は弦楽クァルテットが担当する予定。

 東京音楽コンクールで入賞した歌手を起用し、初めて鑑賞する人でも楽しめるオペラを提供する「オペラBOX」では、ラヴェルの《子供と魔法》を9月に上演する。子どもたちが合唱やダンスでステージに立つことを目的としたワークショップ、公演に関係する工作ワークショップ、裏方の仕事を志す若い人たちのための舞台制作ワークショップを連動させたオペラ・プロジェクトだ。 

 2021年度にスタートした「シアター・デビュー・プログラム」は、青少年を対象に舞台芸術との出会いを提供する企画で、初回の2021年度は小学生向けに《虫めづる姫君》と、中高生向けに《平常 × 宮田大『Hamlet』》を上演した。2年目となる次年度は、様々な時代や作曲家の作品で構成される《平常 × 宮田大 × 大萩康司『ピノッキオ』》を来年2月、小学生に向けて届ける。中高生向けには、すべてショパンの作品の一節が用いられたオペラ《ショパン》を今年12月に上演。ショパンの音楽がコラージュのように繋がって、ショパンの生涯を巡りながら物語が展開する。1830年に起きたロシアのポーランド侵攻など、現在のウクライナ情勢にも通じるようなストーリーが盛り込まれ、今の時代に問いかけるような作品となっている。

 野平は、これから東京文化会館がどう発展していくのか、また、今後の自身の夢について以下のように語った。
「東京という都市が、美術、ファッション、食といったあらゆる分野で多様性を見せるなかで、日本では、これまで音楽ホールの役割が限定されたものであったように思います。当館が掲げる事業の3つの柱の1つである『創造発信』とは、新しい作品や世の中の新たな動きを広くキャッチしていくこと。長年、大学で作曲を教えていますが、作曲科を受ける若い人たちが減っていることに危惧を抱いています。創造活動があってこそ演奏活動があると私は信じていますが、過去の作品を演奏しているだけでは、この世の中は面白くならない。ですから、新しい作品が生まれていくための良い土壌を作っていくことが使命だと思っています。また一方で、演奏の分野では古楽の分野が花を開いてきて、今や『古いもの』『新しいもの』といった、以前は越えられなかった境界線が曖昧になってきています。そういった現状の音楽地図を反映するような、多様性のある現代ならではのプログラムを考えていきたいですね」

 新人音楽家の発掘・育成・支援を目的として2003年より毎年開催してきた東京音楽コンクールは、コロナ禍においてもこの2年間、過去にない数の応募者が集まった。20回目を迎える今年は、ピアノ・金管・声楽の3部門で開催。野平が、総合審査員長を務める。
 さらに、0歳から家族で一緒に楽しめる公演やワークショップ、地域と連携したアウトリーチ事業、国内外の実演団体や音楽施設等と連携した教育普及事業など、様々なニーズに応える事業を積極的に展開していく。

 初代の大友直人、2代目の小林研一郎と指揮者が続いた東京文化会館の音楽監督。3代目として、作曲家の野平が今後どのように舵をとっていくのか目が離せない。

左より:大橋昭則(営業推進担当課長) 杉山浩二(副館長) 野平一郎 梶奈生子(事業企画課長)

東京文化会館
https://www.t-bunka.jp