小山実稚恵(ピアノ)

楽器を選定したピアニストとピアノが再会する時

(c)Hideki Otsuka

 「杜のホールはしもと」は2001年9月に開館した。その開館20周年を祝う記念事業の最後を飾るコンサートが3月5日に行われる。「シリーズ杜の響き特別公演 小山実稚恵ピアノ・リサイタル」である。小山は01年9月30日に開催された同ホールのオープニングコンサートに出演し、ショパンのピアノ協奏曲第1番(指揮:沼尻竜典)を演奏したが、それだけではなく、このホールのスタインウェイ・ピアノの選定者でもあった。その後、一度の登場を経てこの特別公演が3回目となる。

 小山が今回選んだ楽曲は、シューマンの「アラベスク」と「謝肉祭」、シューベルトの即興曲D899およびD935から数曲、そしてベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番である。

 「杜のホールはしもとは、ホールの木の質感がとても印象的で、木に包まれて演奏できる〈木への想い〉があったので、それを基本に選曲したプログラムです。同時に、やはり今、自分が演奏したい作品という想いも込めて選ぶと、このラインナップになりました」と小山は語る。

 「シューマンの『アラベスク』の音楽には、どこか木の間を通り抜ける風のようなイメージがあるので、そこからスタートしたいと思いました。『謝肉祭』は、とてもカラフルな作品です。『謝肉祭』の賑わいの風景が、コンサートの賑わいと重なる印象がありますね」

 客席数535席という空間は、聴衆と音楽との間に、とても打ち解けた雰囲気を演出してくれる。

 「そしてシューベルトは心から共感して歌える作曲家です。自然と身体の中から歌がわきあがり、演奏しながら、本当にシューベルトの心の底の優しさを感じます。シューベルトとベートーヴェンはほとんど同じ時間、空間を生きていたのですが、音楽的にはそれぞれ違う方向を向きながらも、作品の中にその同じ時代の空気を感じさせてくれると思います。ショパンやリストが登場する前の、まだピアノが楽器として発展途上にあった頃の木の質感や空気感を杜のホールはしもとの中で感じていただけると嬉しいです」

 小山はこのホールのスタインウェイ・ピアノの選定も行った訳だが、その選定の基準はどんなものだったのだろう?

 「そのホールに合わせて選ぶというよりも、その時の候補の中で〈良いピアノ〉を選ぶということが一番だと思っています。そして、そのホールに置かれた〈その子〉はホールとともに育っていく。そこでもやはり基本は〈木〉で、ボディの良いピアノが、それにふさわしい容れ物の中で成長していってくれるといいなと思いながら選んでいます」

 よく指揮者とオーケストラのケミストリーということを私たちは話題にするけれど、ホールとピアノ、そしてピアノとピアニストのケミストリーというものも存在するはずだと思う。開館から20年を経て、どんな風にそのピアノが成長したか、演奏を通して感じてみるのも楽しいはずだ。

 「杜のホールはしもと」がある橋本駅(相模原市緑区)はJRと京王電鉄が乗り入れるターミナル駅。現在はリニア新幹線の工事も行われている。時代は移り変わり、街の様相も変わっていくけれど、音楽の営みを静かに蓄え続けるコンサートホールの役割は変わらない。小山実稚恵の奏でるピアノの音が、そのことをあらためて教えてくれるだろう。
取材・文:片桐卓也
(ぶらあぼ2022年1月号より)

開館20周年記念 シリーズ杜の響き特別公演 小山実稚恵ピアノ・リサイタル
2022.3/5(土)14:00 杜のホールはしもと
問:チケットMove 042-742-9999 
https://hall-net.or.jp/02hashimoto/