【ゲネプロレポート】NISSAY OPERA 2021
オペラ《カプレーティとモンテッキ》

スタイリッシュな歌唱を得て真に迫った「分断の悲劇」


 ベッリーニの十八番だった優美な旋律。それは1830年3月にヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演された《カプレーティとモンテッキ》にも満ちている。家々が教皇派(グェルフィ)と皇帝派(ギベッリーニ)に分かれて争っていた13世紀のヴェローナが舞台で、相思相愛の男女が家の都合で引き裂かれる「分断」の物語は、哀しいほど美しい旋律に引き立てられる。ただし、技巧を凝らしながら旋律を美しく歌い、そこに哀調を滲ませることができる、ハイレベルの歌手陣を必要とするため、上演機会は多くない。NISSAY OPERA 2021の《カプレーティとモンテッキ》は、すぐれた歌手、それも一部には驚くべき逸材を得て輝いていた。公演は11月13日、14日で、13日組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2021.11/6 日生劇場 取材・文:香原斗志 撮影:寺司正彦)

 物語は概ね、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』と重なる。だが、細部が微妙に異なるのは、この話はヴェローナに古くから伝わる説話に由来し、シェイクスピアが直接の原作ではないからだ。

 序曲の途中で舞台上に壁面が現れ、そこには巨大な剣が左下から右上にかけて貼りつけられている。その壁が中央で二つに割れ、宮殿の内部に転換するのだが、その際に剣も真っ二つになり、客席は「分断」への心づもりを強いられる。現れた教皇派のカプレーティ家の面々は、中世のものをアレンジしたと思われる衣裳が美しい。

中央:工藤和真(テバルド) 右:狩野賢一(カペッリオ)
中央:山下裕賀(ロメーオ) 

 彼らが宿敵である皇帝派のモンテッキ家を警戒して歌う合唱に続き、ジュリエッタの婚約者テバルドが登場。ジュリエッタの兄弟を殺害したロメーオへの復讐を誓って二部形式のアリアを歌うが、工藤和真(テノール)の第一声に驚かされた。頭蓋骨の後部にまでしっかり響かせなければ得られない、日本人離れした深い声なのだ。レガートは品位があって美しく、流麗なカンタービレを聴かせてくれた。アリア後半のカバレッタでは、反復の際に趣味のよいバリエーションが加えられ、歴史的な慣習に適っている。

 カプレーティ家の当主でジュリエッタの父であるカペッリオも、狩野賢一の明るいバスで端正に歌われ、このオペラの美質とよく合っている。

佐藤美枝子(ジュリエッタ)

 続いて、自分自身の使者を装ったロメーオが登場するが、ここでさらに驚かされた。山下裕賀(メゾソプラノ)の声と表現に強烈な印象を受けたのだ。癖がない澄んだ深い声が美しく響き、レガートの旋律に高い音圧のかかった声が理想的に張りつめる。そのうえアジリタもたくみ。とりわけ、和平を拒まれて怒りをあらわにするカバレッタは力強く、力を漲らせても美しさが損なわれない。この歌唱は本物である。「戦争だ!」と叫ぶカプレーティ家の力強い合唱と重なって、山下の歌の力がいっそう浮かび上がった。まだ大学院在籍中のようだが、これほどの逸材は早く海外に出て学んでほしいとも思う。

 二つに切り裂かれた剣の間から登場し、ロメーオへの満たされない思いを歌うジュリエッタは佐藤美枝子(ソプラノ)。技巧的なロマンツァを、超アクートまで雑音を交えずに響かせ、ジュリエッタの悲しみを浮き上がらせた。そこに医師ロレンツォの導きでロメーオが登場するが、テッシトゥーラが高いロレンツォを須藤慎吾(バリトン)は、やさしく、美しく歌う。こういう役を須藤が歌うと、オペラ全体が引き締まる。

 そしてロメーオが現れ、「逃げよう!」と誘って二重唱になる。山下の充実した品格ある声で導かれると、ベッリーニの旋律は生命を得て、ドラマが深まっていく。

左:須藤慎吾(ロレンツォ)
左より:工藤和真(テバルド) 狩野賢一(カペッリオ)山下裕賀(ロメーオ)
佐藤美枝子(ジュリエッタ)須藤慎吾(ロレンツォ)

 ジュリエッタとテバルドの婚礼を祝う合唱は、先に記した剣が1本につながった前で歌われるが、ジュリエッタが現れると剣は二つに絶たれる。ここの場面の最後、ユニゾンで歌うロメーオとジュリエッタに対比されるように、敵対する二つの家の面々の低声が印象的に響く。「分断」が象徴的に音楽化された場面だが、女声に力があると説得力が格別である。

 休憩をへて第2幕に。ジュリエッタはロレンツォから仮死状態になる薬を飲むように促されるが、少女の不安を表現する佐藤の歌唱は安定している。続くロメーオとテバルドの二重唱では、質感の高い声による、美しさと力強さが同居したベルカントを堪能できた。

左:佐藤美枝子(ジュリエッタ) 右:須藤慎吾(ロレンツォ)
左:狩野賢一(カペッリオ)

 この二重唱は、ジュリエッタの葬送を知った後は、二人の悲嘆へと変化し、続いてジュリエッタの墓前で、彼女が本当に死んだと信じたロメーオは毒を飲む。そして、死にゆく場面までロメーオのレガートは美しく張りつめ、それがゆえに悲劇が深く掘り下げられた。ベッリーニの狙い通りだろう。

 管弦楽は読売日本交響楽団。指揮の鈴木恵里奈は、ベッリーニのスコアから劇性を引き出そうと努めていた。また、このコロナ禍においても、あらためて社会問題としてクローズアップされた「分断」を、小手先の読み替えや現代化に走らず、伝統にのっとった舞台で巧妙に表現した演出の粟國淳にも拍手を送りたい。

【Information】
NISSAY OPERA 2021
ベッリーニ《カプレーティとモンテッキ》全2幕(原語(イタリア語)上演・日本語字幕付)

2021.11/13(土)、11/14(日)各日14:00 日生劇場 

演出:粟國 淳(日生劇場芸術参与)
指揮:鈴木恵里奈 
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ

出演
ロメーオ:山下裕賀(11/13) 加藤のぞみ(11/14)
ジュリエッタ:佐藤美枝子(11/13)オクサーナ・ステパニュック(11/14)
テバルド:工藤和真(11/13) 山本耕平(11/14)
ロレンツォ:須藤慎吾(11/13) 田中大揮(11/14)
カペッリオ:狩野賢一(11/13) デニス・ビシュニャ(11/14)

問:日生劇場03-3503-3111
https://www.nissaytheatre.or.jp
https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/2021_info/I-Capuleti-e-i-Montecchi/index.html