INTERVIEW ブルーノ・ジネール(作曲家)

さまざまな技法を駆使して危うい世界を描くオペラ、ついに日本初演

(C)Jean-Pierre Bouchard

  ある朝突然、「茶色のペット以外は飼ってはいけない」という法律が施行されたら?

 フランスでベストセラーとなった、フランク・パヴロフの小説『茶色の朝』を原作とする室内オペラ《シャルリー〜茶色の朝》が10月、神奈川県立音楽堂で日本初演される。1990年代後半の極右政党の台頭を受け、全体主義への警鐘を鳴らすべく、子どもでも理解できる平易な言葉で書かれたわずか11ページの寓話を、フランスの現代作曲家ブルーノ・ジネール(1960〜)がオペラにした。

 「すでにこの本は読んでいましたが、スロヴェニアでのコンサートの合間に書店で手に取ったのが、作曲のきっかけでした。私は本を開くと音楽が出てくることが多く、今回もそうで、2007年にスロヴェニアのスロウィンド音楽祭の委嘱で作曲しました。原作では主人公と友人シャルリー、男性2人の日常が描かれますが、オペラの主人公は女性にしました。それは、委嘱の条件が女性歌手を入れることだったのと、物語がリアルになりすぎないように、異化効果のような、一歩下がった距離感がほしかったからです」

 ソプラノ歌手と5人の器楽奏者(ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ピアノ、打楽器)による全1幕のコンパクトなオペラで、歌手は、ささやき、語り、歌うなど、声の様々な表現を示す。

 「ソプラノは、歌手、ナレーターと役割を変えながら登場し、場面によって声色や声質を変化させます。テレビでサッカー観戦をしたりトランプをする日常の場面ではロック調になったり、ジャズ風に歌うところもあります。器楽奏者たちは、演奏と同時に合唱の役割も担っていて、犬の安楽死を深く考えずに受け入れる場面では、『あの犬、年取っているからもういいんじゃない』と人々の考えや観客の声を代弁するかたちで、登場人物ではなく、外からの台詞として加わるのも彼らの重要な役割です」

 音楽は様々なスタイルが混合しているが、言葉が活き、物語の求心力で観客を強く引き込む。

「まずは、テキストが明快に理解されることが一番大切だと考えました。フランス語圏以外では字幕が必須ですが、少なくともフランス人には物語がしっかり伝わるように、例えば、歌手が高音で歌うため言葉が聞き取り難いところは、歌う前に台詞を言うなど、テキストが確実に伝わるようにしました。クラシカルからポップなものまであらゆるジャンルを混ぜたのは、そもそもこれらは相対するものではなく、その接点を見つければ非常にうまく交わると考えたからです」

(c)derrière Rideau

  演奏は「アンサンブルK」。フランス北部ナンシーでクリスチャン・レッツ演出の舞台版を世界初演した団体が初来日する。

 「彼らは、『禁じられた音楽』や退廃芸術に焦点を当てた活動を続け、私もその時代の音楽を研究している関係で知り合いました。レッツは、テキストを重視する演劇の演出家なので、リハーサルを通して十分に話し合い、オペラにとって音楽が重要な要素であることを理解してもらい、結果、非常に満足のいく舞台となりました」

 オペラを含み、3部構成となっている今回のプログラム。第1部の室内楽コンサートは、アンサンブルKの活動の一端を示す曲目(ヴァイル、シュルホフ、デッサウの作品)で構成され、ジネールの「パウル・デッサウの“ゲルニカ”のためのパラフレーズ」(2002)も日本初演される。

 「この組み合わせは、私自身が両大戦間の時代の音楽に興味があることもそうですが、《シャルリー》が、1927年にバーデン=バーデンで初演されたヒンデミットのオペラ(1幕のオペラ・スケッチ《行ったり来たり》)の形態に影響を受けているからです。亡命したり、追放された音楽家を取り上げるのも、シャルリーは逮捕され、どこに連れて行かれたかわからない。そこにもつながっています」

 作曲家と研究者の二つの顔をもつジネールは、パリでブーレーズに師事した。

 「アナリーゼのクラスだったので、直接作曲を学んだわけではありませんが、ブーレーズの著作はすべて読みましたし、彼の知性や音楽に対する教養は完璧だと思います。光栄なことに私のコンサートに来てくれたこともあります。作曲も研究も指揮もする。私にとって完璧な先生でした」と穏やかな口調で語るジネール。作曲家と研究者の二つの顔を持つジネールの視野は広い。第3部の作曲家を囲むクロストークでは、彼の知性に触れることもできるだろう。
取材・文:柴辻純子



神奈川県立音楽堂 室内オペラ・プロジェクト第4弾
ブルーノ・ジネール:オペラ《シャルリー~茶色の朝》(日本初演/フランス語上演・日本語字幕付)

2021.10/30(土)、10/31(日)各日15:00 神奈川県立音楽堂

第I部 室内楽コンサート
デッサウ:ゲルニカ~ピカソに捧げる
ジネール:パウル・デッサウの‟ゲルニカ”のためのパラフレーズ(日本初演)
ブレヒト/ヴァイル:《三文オペラ》より〈メッキー・メッサーの哀歌〉〈大砲ソング〉
マーグル/ヴァイル:〈セーヌ哀歌〉
フェルネ/ヴァイル:〈ユーカリ〉
シュルホフ:「ヴァイオリンとチェロのための二重奏」より
(曲順不同)

第II部 オペラ《シャルリー》
作曲:ブルーノ・ジネール
原作:フランク・パヴロフ『茶色の朝』(日本語版:大月書店)
演奏:アンサンブルK、アデール・カルリエ(ソプラノ)
演出:クリスチャン・レッツ
照明・舞台監督:アントニー・オーベリクス
プロダクション:アンサンブルK/CCAMヴァンドゥーブル・レ・ナンシー国立舞台センター共同プロダクション

第III部 作曲家ブルーノ・ジネールを囲むクロストーク(通訳付)
スピーカー:やなぎみわ(美術作家、舞台演出家)(10 /30)、高橋哲哉(哲学者・東京大学名誉教授)(10/31)、ブルーノ・ジネール(オンラインでの参加)

問:チケットかながわ0570-015-415
https://www.ongakudo-chamberopera.jp