全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)が主催し、真夏の風物詩として半世紀の歩みを重ねてきたピティナ・ピアノコンペティションの最上位にあたる特級のファイナルの審査が8月21日、サントリーホール 大ホールで行われ、西山響貴(にしやま・ひびき/24歳)がグランプリに選ばれた。ファイナルの来場者の投票による聴衆賞、YouTubeライブ配信の視聴者による投票によって決まるオンライン聴衆賞は、いずれも沢田蒼梧が受賞した。

第50回ピティナ・ピアノコンペティション特級2026 審査結果(カッコ内はファイナルでの演奏曲)
グランプリ 西山響貴 東京都出身/桐朋学園大学院大学1年(ショパン:ピアノ協奏曲第2番)
銀賞 山﨑夢叶 千葉県出身/東京藝術大学4年(ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番)
銅賞 沢田蒼梧 愛知県出身/名古屋大学医学部医学科卒業(チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番)
入選 三井柚乃 愛知県出身/昭和音楽大学附属ピアノアートアカデミー在籍(ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番)
聴衆賞・オンライン聴衆賞 沢田蒼梧
一次予選〜三次予選、セミファイナルを通過し、ファイナルの舞台に立ったピアニストは4名。太田弦指揮の日本フィルハーモニー交響楽団との共演で協奏曲を披露。それぞれが自身の持ち味を最大限に活かす作品を熱演し、会場に詰めかけた聴衆からは温かい拍手が送られていた。英国王立北部音楽大学教授グラハム・スコットら海外招聘審査員3名と、武田真理(審査員長)、上原彩子、田部京子、若林顕ら国内の審査員8名の計11名が審査にあたった。

審査終了後、行われた表彰式では、近年の特級グランプリ受賞者たちがプレゼンターとなって、審査結果が発表された。ショパン若き日の協奏曲で、内省的で憂いに満ちた抒情の世界を繊細なタッチで聴かせ、栄冠をつかんだ西山は「弾き終わった時にはとても悔しさが残る演奏だったので、今こうして受賞できたことは自分でもちょっと信じられないという気持ち」としつつも、「これまでこのコンクールに向けて演奏を重ねてきたそれぞれの作品(の良さ)が、聴いてくださった皆様に少しでも伝わっていたら嬉しい」と喜びを語った。
西山響貴は2002年生まれ、東京都出身。幼少期よりピティナ・コンペティションのさまざまな級で入賞し、ショパン国際ピアノコンクールin ASIA ソロアーティスト部門アジア大会金賞を受賞するなど、さまざまな登竜門で結果を残してきた。東京大学に理系で入学した後、文系に転向し、文学部美学芸術学専修課程を卒業、現在は桐朋学園大学院大学1年に在学中。田部京子らに師事している。今回、4度目の特級挑戦でグランプリに輝いた。

表彰式に続いて行われたメディア向けの記者会見に出席した西山は、あらためて心境を語った。大学までは、勉強との両立を意識して生活してきたという。今回挑戦に至った大きな理由は、「音楽で生きていくための足掛かりが欲しいと思ったから」とのことで、最高の結果に、「非常に大きな第一歩」だと受け止めているという。プロのオーケストラとの共演は初めてだったというが、この日の演奏については、「コンチェルトの後半にかけて、だんだんと自分の集中力が切れていってしまった。技術的な至らなさや、足りない部分が露呈した」と悔しさも滲ませた。
質問が集中したのは、やはり東大から音楽大学の大学院への進学という個性的なキャリアについて。大学進学の時点では、まだ「自分は音楽だけで生きていって本当に大丈夫なのか」という確信が持てずにいたという。
「高校までの勉強だけでは、その分野を本当に極めている人たちが何を考えているのかという深みまでたどり着けないと感じていました。大学へ行って専門的な世界を見ることで、何か本当にしたいことが見つかるかもしれないと思い、まずは普通の大学への進学を選び、入学当初は理系を選択しました」

しかし、周囲の同級生などの姿を見て、「自分がこの分野で生涯生きていくのは違う」と直感。3年進級を機に、「音楽に関わりたい」という情熱に従い文学部美学芸術学専攻へと転向を決めたという。そんな彼が没頭したのが、フランスの詩人ポール・ヴァレリーの音楽論。音の持つ不可思議な力に憧れ、書き残した膨大な思索の断片を読み解き、体系化する。その言葉が彼の音楽家としての強固な礎となっている。
「大学の美学専攻で、『音楽について言葉で考える』という訓練を重ねたことも、非常に大きかったと感じています。ヴァレリーの言葉を深く読み込んでいく中で、共感する部分や、目から鱗が落ちるような新しい発見が数多くありました。ピアノを演奏するとき、それは『私の演奏』ではありますが、同時に『誰か(作曲家)が作った作品』を表現する行為でもあります。演奏とは、自分自身を表現するものでありながら、同時に他者の世界を表現するものでもある――。言葉を通じてこのような思索を深めるプロセスそのものが、現在の私の音楽の土台になっています」
将来について問われると、「将来プロのピアニストとして生きていくと完全に決めているわけではありませんが、自分が一番納得のいく、良い形で音楽と関わり続けられる方法をこれからも探していきたい」とのこと。家族も、彼の選択に驚きながらも、応援してくれているという。“思索するピアニスト”が紡ぎ出す「響き」は、これからのクラシック界に、新しい風を吹き込んでくれそうだ。
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今年は、ピティナ創立60周年、ピティナ・コンペティション創設50周年の節目にあたり、表彰式には、田村響、関本昌平、角野隼斗ら歴代の特級グランプリが多く顔を揃えた。今や世界的な活躍をみせる角野は、挨拶のなかで、グランプリを受賞した大学院1年生当時に思いを馳せながら、「特級がピアニストとしてのキャリアの原点」であると語った。

「特級」の名称で最上位級が実施されたのは、1982年のコンペティション第6回大会から。とりわけ、近年の上位入賞者は、その後、ショパン国際ピアノコンクール、ロン=ティボー国際コンクール、エリザベート王妃国際音楽コンクール、ルービンシュタイン国際ピアノコンクールといった、世界的な登竜門での快挙が続いている。「ここまで辿り着けるとは思っていなかった」と福田成康 専務理事は語ったが、全国組織として裾野を広げる一方で、若い才能が世界へ羽ばたくための重要なステップとしても、特級の存在感は年々高まっている。
50回という節目を迎えた今年も、4人のファイナリストそれぞれが、これまで積み重ねてきたものと現在地をサントリーホールの舞台で示した。グランプリはひとつの到達点であると同時に、その先へ進むための出発点でもある。西山をはじめ、この舞台を経験した若いピアニストたちが、これからどのような音楽家へと歩みを進めていくのか。次の50年に向けて、特級から生まれる新たな才能に引き続き注目したい。
取材・文:編集部
★印=写真提供:全日本ピアノ指導者協会
ピティナ・ピアノコンペティション特級
https://tokkyu.piano.or.jp
クラウドファンディング
ピティナ特級2026|50回目の夏、ピアニストの未来をともにつくる
https://readyfor.jp/projects/ptna_tokkyu_2026



