バリトンの池内響が原点の舞台で再び向き合う稀代の色男――NISSAY OPERA 2026《ドン・ジョヴァンニ》

©SEGI

 2022年に東京音楽コンクールで優勝し、一躍時の人となったバリトン池内響。恵まれた体躯と艶ある声音で、11月のNISSAY OPERA 2026 モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》(新制作)に主演するが、なんと彼は2015年にも同じ日生劇場でこの役を演じていたのである! 20代で「オペラ界の新星」として輝いたとなれば、30代の今はそれこそ「超新星」の爆発的勢いで、放蕩の美男騎士を演じるのでは? 抱負をつぶさに尋ねてみた。

 「ドン・ジョヴァンニの歌では、第1幕の〈シャンパンの歌〉がまずは人気ですが、あの1分15秒ほどの短さに、その何倍ものエネルギーが詰め込まれた曲だと僕は思います。5分ぐらいはありそうな感覚で歌っております!(笑) 騎士の生きがいや人格の『芯』を曝け出す、ボリュームのある曲ですね。しかし、第2幕のアリアは対照的で、彼の二面性の表れかな。村人たちに指図し、軽やかに場を仕切る風に見せる一場で、音は軽くないけれど、スリルを楽しむ余裕も心にあるから、歌いぶりは軽く見せないといけない。一方、その後の〈セレナーデ〉は息の流れやフレージングを通じて、旋律美を堪能いただく曲ですね。今回は曲ごとの味わいを、皆さまにはっきりお届けしたいです」

 では、演技的にも見せ場の〈地獄落ち〉はいかに?

 「自分が殺した騎士長の霊が迎えに来る場面ですが、ドン・ジョヴァンニにとってそれが初の人殺しなのかどうか…。自分としては、最後まで『抗って』死んでゆきたいです。彼も生き方を最後まで否定したくはないでしょう。

 時々思うのです。ドン・ジョヴァンニは独りきりのとき、どうやって過ごすのだろうと。蝋燭1本の暗い部屋で一瞬でも無になることはあるのかな? 1回すっと気持ちを落として、何かが始まればまた動くのかな?などと…。となれば先ほどの〈シャンパンの歌〉が、なおさら、自己肯定、自分への鼓舞、俺が間違っているわけないぞ!といった彼の主張になるでしょうか。最後まで解釈を練り上げてゆきたいです」

 兵庫県姫路市の出身。フルートを学び、歌は高校1年で始め、東京藝大で吉田浩之に師事。ミラノ留学の3年間はバリトンのアルマンド・アリオスティーニに就いたとのこと。

 「アリオスティーニ先生から、発語と発声の擦り合わせ方を学びました。声をただ綺麗に出すだけでなく、言葉がきちんとついてくるという『発語力』を磨いていただきました。

 今回のステージでは、人間ドン・ジョヴァンニを演じたいです。彼のことをナルシストや依存症、人間離れした存在と捉える人もいますが、でも、このオペラが長く愛される理由の一つには、誰もが、ドン・ジョヴァンニに何かしら共感できるポイントがあるからだと思うのです。周囲のキャラクターもみな、彼にずっと執着しますしね。人格の芯が太いのか、厚いのか、冷たいのか分からないけれど、お客さまにはドン・ジョヴァンニの人間世界に嵌りこんでいただき、舞台を身近に感じていただけたらと願いつつ、頑張ります!」

取材・文:岸 純信(オペラ研究家)

(ぶらあぼ2026年10月号より)

NISSAY OPERA 2026
モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》新制作(全2幕/原語[イタリア語]上演・日本語字幕付) 
2026.11/14(土)、11/15(日)各日14:00 日生劇場
問 日生劇場03-3503-3111
https://opera.nissaytheatre.or.jp
※池内響は11月14日公演に出演。公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。


岸 純信 Suminobu Kishi

オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。