取材・文:林 昌英 写真:荒川 潤

創立50年をこえて音楽文化への貢献を続ける笹川音楽財団は、弦楽器名器の貸与事業を実施している。なかでもストラディヴァリウスのヴァイオリンは16挺保有し、国内外問わず名手たちに貸与され、世界中で奏でられている。
その使用者が集う今年の「ストラディヴァリウス・コンサート」に、外村理紗が出演する。ニューヨークと日本を拠点に活動を展開する外村は、昨年のイザイ無伴奏ソナタ全曲公演で完璧にして鮮烈な快演を実現し、期待を集めている。彼女の使うストラディヴァリウスは1715年製「ヨアヒム」。かの19世紀の大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムが弾いていた楽器である。
「『ヨアヒム』を使い始めたのは3年ほど前です。ストラディヴァリウスはなじむまでに時間がかかりますが、これを初めて弾いたときは身近というかしっくりきそうな感覚がありました。もちろん、まだまだ楽器から教えてもらうことがあります。楽器と対話しながら、先生に教えてもらっているような感覚です。無理にコントロールしようとすると音がつぶれてしまい、音の立ち上がりをしっかり弾いた方がよく響く楽器で、弾き方や楽器の構え方もかなり変わってきています。楽器のもつ音の表情が本当にたくさんあり、いまでも新しい音が出てきて発見が続いています。やはりストラディヴァリウスはすごいなとあらためて実感してます」

今年ソリストとして出演するのは外村と、1710年製「カンポセリーチェ」を使うセルゲイ・クリーロフ、1709年製「エングルマン」を弾くムン・ボハの3人。クリーロフはロシア出身、イタリアでもキャリアを重ね、指揮者もつとめる経験豊富な才人。今回のプログラム構成や楽譜の用意といった段階から率先してこの公演に関わり、すでにまとめ役として中心的かつ影の立役者的な存在になっているとのこと。ムンは昨年仙台国際音楽コンクール最高位受賞を果たした、いま注目の俊才だ。
「クリーロフさんはこれまで面識がなく、初めての共演です。ムンさんはアメリカのカーティス音楽院にいらっしゃって、何度かお会いしたことはあります。仙台コンクールの演奏を聴きましたが本当にすごい演奏で、一緒に弾けるのが楽しみです」
今回のプログラムはそれぞれのソロ曲と、ヴィヴァルディ「四季」から外村「春」、クリーロフ「夏」、ムン「冬」のほか、バッハとヴィヴァルディの「3つのヴァイオリンのための協奏曲」も演奏される。
「3人それぞれの楽器と技術をフィーチャーするヴィルトゥオーゾ作品が各自1曲ずつあります。私は『ツィゴイネルワイゼン』を選びました。本当にしっかり作られている曲で、歌やオペラのような要素もあります。人によって弾き方がかなり違う、自分のパーソナリティーも入れられる曲だと思います。いろいろな演奏を研究したり、ここはこうしようと考えるのがとても楽しくて、コンサートによって違うことができればと思います。あと、異なるストラディヴァリウスでの『四季』というのも、楽器の個性が違うでしょうから面白いと思います。さらに、3人で演奏するバッハとヴィヴァルディの協奏曲も珍しく、どういう演奏になるか予想がつかなくて楽しみです」

演奏会は山形、東京、神戸で開催される。山形テルサとサントリーホール ブルーローズ公演はそれぞれ特別アンサンブルが編成され、神戸は神戸市室内管弦楽団が共演する。
「神戸市室内管との共演は初で楽しみですし、それぞれの場所でリハーサルもしっかりできるスケジュールで、毎回違う演奏ができると思います。あと、それぞれの街の雰囲気や、食事も楽しみです(笑)」
外村自身の演奏活動について聞いてみると、近現代の作品は演奏会ではそれほど多く弾いてこなかったとのこと。イザイの名奏からすると意外だったが、今後は20世紀作品や新作にも挑戦して、楽器の可能性をさらに発掘していきたいという。また、来年以降は少しずつ日本での演奏機会も増えそうな見込みとのこと。
彼女の拠点である2国の聴衆のちがいについて「アメリカは日常のエンターテインメントとしてカジュアルな感じの方が多いかなと感じます。日本は事前にしっかり勉強して真剣に向き合ってくださる方が多く、リスペクトしてくださっているのも感じられ、気が引き締まります」と語る。今回のストラディヴァリウスにフィーチャーした日本各地のコンサートでも、ほかの2人のソリストと名器たちの個性と共に、いちアーティストとしての現在地も示してくれるだろう。

ストラディヴァリウス・コンサート2026
9/23(水・祝)15:00 山形テルサ テルサホール
問 山形テルサ023-646-6677
9/26(土)14:00 サントリーホール ブルーローズ(小)(完売)
問 サントリーホールチケットセンター0570-55-0017
9/29(火)19:00 神戸文化ホール 大ホール
問 神戸文化ホールプレイガイド078-351-3349
出演
ムン・ボハ(ヴァイオリン)
セルゲイ・クリーロフ(ヴァイオリン)
外村理紗(ヴァイオリン)
山形テルサ特別アンサンブル(山形公演)
サントリーホール室内楽アカデミー特別編成アンサンブル(東京公演)
神戸市室内管弦楽団(神戸公演)
曲目
J.S.バッハ:3つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ長調 BWV1064R
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ロ短調 op.7より 第3楽章「ラ・カンパネラ」
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
サン=サーンス:「序奏とロンド・カプリチオーソ」 イ短調 op.28
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」op.8より〈春〉〈夏〉〈冬〉
ヴィヴァルディ:3つのヴァイオリンのための協奏曲 ヘ長調 RV551
https://www.s-mf.or.jp
公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

林 昌英 Masahide Hayashi
出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。

