
現代最高峰のヴァイオリニストの一人として高く評価されるジャニーヌ・ヤンセンが、11月に待望の来日リサイタルを行う。オランダの音楽一家に生まれ、19歳でコンセルトヘボウ・デビュー、以後は数々の著名オーケストラ、コンサートホールから出演の依頼が絶えない。
その理由は、一度、生でその演奏を体験すればよくわかるはずだ。始まりの一音で心を捉える唯一無二の音色、卓越したしなやかなテクニック、体ごと楽器を響かせながら作品の精神世界に迫ってゆくような自然な表現が、聴く者を深い音楽の世界へ誘う。彼女の音は、角がなくじんわりと染み渡るようでいて、まっすぐ心の奥深くに届き、揺さぶってくる。まるで魔法のようだ。
共演は、オランダの隣国ベルギーで開催されるエリザベート王妃国際コンクールピアノ部門で2010年に優勝し、一躍注目を集めたロシア生まれのピアニスト、デニス・コジュヒン。両者は長らく共演を重ねているといい、コジュヒンは音楽に没入したような様子を見せながらもぴたりとヤンセンの自由な歌に寄り添い、見事な息の合い方をみせる。同時にソリスト同士のデュオらしく、引き立て合いつつ前に出ていく駆け引きも見事で、最初から最後まで絶対に飽きさせない。
今回二人が取り上げるのは、ロベルト・シューマン、クララ・シューマン、そしてヨハネス・ブラームスという、一見して彼らをとりまいた複雑な関係を想起するプログラムだ。
シューマンが40代を迎えた頃にデュッセルドルフで書き上げたヴァイオリン・ソナタ第1番は、ヤンセンの息が長く永遠に途切れることがないかのようなヴァイオリンの歌で聴けば、極上だろう。
クララ・シューマンの「3つのロマンス」op.22は、同じ頃に書かれ、終曲でロベルトの前述のヴァイオリン・ソナタから主題がとられるなど、夫との強い絆を感じるもの。この曲をもって、ロベルトは友人のヨーゼフ・ヨアヒムと演奏旅行に出かけたという。クララの天才性を教えてくれる作品でもある。
併せて演奏されるのは、そんなシューマン夫妻を慕い親しく交流したブラームスが、50代前半の夏、トゥーン湖畔で書き上げた第2番と第3番のヴァイオリン・ソナタ。二つのソナタの対をなすような感情、そこにあらわれるブラームスならではの人間味を、名手二人がドラマティックに描き分けてくれるだろう。
ヤンセンのヴァイオリンは、どんなにエモーショナルな表現でも、絶対に高音がヒステリックにならない。強くても耳にやわらかい感触が残され、いつまでも包まれていたくなる。人間の声のような体温を感じるヴァイオリンの音が空間に沁み渡る感触は、生の音をコンサートホールで聴く歓びをあらためて感じさせてくれる。
ドイツ・ロマン派の天才たちによるヴァイオリン・ソナタを集めたプログラムで、ヤンセンのスケールの大きな音楽をたっぷり堪能できそうだ。
文:高坂はる香
(ぶらあぼ2025年11月号より)
ジャニーヌ・ヤンセン(ヴァイオリン)&デニス・コジュヒン(ピアノ) デュオ・リサイタル
11/13(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp
他公演
11/12(水) 浜離宮朝日ホール(03-3267-9990)

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/
