METオーケストラ来日直前、現地リポート!

カーネギーホールの熱狂がまもなく日本へ

 今週末に13年ぶりとなる来日が迫る世界最高峰のオペラハウス メトロポリタン歌劇場のMETオーケストラ。日本公演に先駆けて、6月11日と14日にニューヨークのカーネギーホールで行われた公演を、現地在住のジャーナリスト 小林伸太郎氏が取材。ライブ感あふれるレポートをお届けします!
(C)Evan Zimmerman/Met Opera

 6月11日と14日、METオーケストラは、アジア・ツアーに先駆けてカーネギー・ホールで演奏会を行った。長いオペラハウスのシーズンを3日前に終えたばかりのオーケストラは、疲れを感じさせるどころか、爽やかな6月のニューヨークに解放されたかのように、この上なくフレッシュなサウンドでカーネギーを満たしてくれた。指揮はもちろん、太陽のようにエネルギッシュな音楽監督、ヤニック・ネゼ=セガンだ。

 11日、最初に演奏されたジェシー・モンゴメリーの「すべての人のための讃歌」は、日本公演の【プログラムB】でも冒頭で演奏される、2年前に世界初演されたばかりの新しい作品だ。ヨーロッパの伝統とブラックその他のヴァナキュラー文化(vernacular=その土地固有のもの、固有の様式)の要素を一体化させた作風で知られる彼女は、ここ数年、米国で活躍が急速に目立つようになった女性やノンバイナリー、そしてブラックや先住民族、有色人種の作曲家の中でも、とりわけ高く評価されている一人かもしれない。12分ほどの本作品は、パンデミックと母親の死後に経験したスランプを乗り越えて完成させたという。ネゼ=セガン率いるMETオーケストラは、シンプルな旋律が色彩豊かに展開する「讃歌」を、厳粛かつ豊かな包容力で歌わせた。そこに、彼らが今回のツアーにこの曲を組んだ思いを感じるのは容易だ。

6月11日公演 リセット・オロペサ
(C)Jennifer Taylor

 続く2曲のモーツァルトのアリアを歌ったリセット・オロペサは、METナショナル・カウンシル・オーディション優勝からMET養成所を経てやがて20年、今や世界の主要歌劇場で引く手あまたのスターとなった歌手だ。この日も第一声から圧倒的な存在感を発揮し、過酷なまでに完璧な技術を要求するモーツァルトの美しいラインを、愉悦とともにたっぷり聴かせてくれた。柔軟性に富んだ高音もさることながら、キャリアとともに築かれたボリュームある中低音の美しさは、モーツァルト・オペラに抜群の適応性を示すMETオーケストラと共に、とりわけ魅力的だった。

 後半のブラームスの交響曲第1番は、アジア・ツアーでは台北でのみの演奏となるが、オーケストラを有り余るほど鳴らした芳醇な響きが、ここでも鮮やかだった。オペラハウスではまず手がけることがないであろうレパートリーに、メンバーも大いに触発されたに違いない。ちなみに日本公演の【プログラムB】では、ブラームスに代わってマーラーの交響曲第5番が演奏される。

 14日に演奏されたのは、ツアーの【プログラムA】と同じ、すべてオペラから選ばれたプログラムだ。ワーグナーの《さまよえるオランダ人》序曲に、ドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》組曲、バルトークの《青ひげ公の城》という組み合わせは、ドビュッシーとバルトークが本人たちの意思とは裏腹にワーグナーの影響が否定できないという音楽的な興味とともに、3作品とも異世界から訪れたストレンジャーの登場によってストーリーが展開するという点でも、想像力が掻き立てられる。

 METオーケストラの威力が存分に発揮された《オランダ人》、エーリヒ・ラインスドルフ編曲によってオーケストラがいかに重要な役割を果たしているかが改めて浮き彫りにされた《ペレアス》組曲と、ストロークの大きなネゼ=セガンの指揮は、METオーケストラのサウンドをホールいっぱいに解き放ち、観客を大いに沸かせた。しかしこの日最大のクライマックスが《青ひげ公の城》であったことは、バルトークの類いまれなオーケストレーションが十全に鳴らされ、歌手が絶好調であったことからしても、当然のことだったかもしれない。

6月14日公演 左より:クリスチャン・ヴァン・ホーン、エリーナ・ガランチャ
(C)Evan Zimmerman / Met Opera

 7つの扉の向こうに暗い秘密を抱えた男・青ひげと、その扉をあくまでも開け続ける新妻・ユディット。1時間強、登場人物わずか2人の心理的攻防が4管編成の巨大オーケストラとともに語られる本作品だが、ネゼ=セガンは名手揃いのMETオーケストラを大きな呼吸で細部まで解放することによって、逆に息が詰まるようなサイコスリラーを展開させる。青ひげ役クリスチャン・ヴァン・ホーンの息の深い美声が支える硬い権威主義的男性像、ユディット役エリーナ・ガランチャの妥協を許さない知性と本能に彩られた女性像のコントラストも、聴き手の想像力を大きく掻き立て、舞台上演以上に刺激的な演奏となった。

 日本に加え、韓国、台湾をMET史上初めて訪れることになる今回のアジア・ツアー。カーネギーでの演奏会は、そんな歴史的瞬間を前に、ネゼ=セガンとMETオーケストラがますますギアアップしていることを確信させる、充実の演奏だった。

取材・文:小林伸太郎

ヤニック・ネゼ=セガン指揮 METオーケストラ来日公演2024
2024.6/22(土)【プログラムA】
6/23(日)【プログラムB】

各日15:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255

2024.6/25(火)【プログラムA】
6/26(水)【プログラムB】
6/27(木)【プログラムA】

各日19:00 サントリーホール
問:クラシック事務局0570-012-666

【プログラムA】
ワーグナー:歌劇『さまよえるオランダ人』序曲
ドビュッシー:歌劇『ペレアスとメリザンド』組曲 (ラインスドルフ編)
バルトーク:歌劇『青ひげ公の城』 (演奏会形式・日本語字幕付)
(メゾソプラノ:エリーナ・ガランチャ、バスバリトン:クリスチャン・ヴァン・ホーン)

【プログラムB】
モンゴメリー:すべての人のための讃歌 (日本初演)
モーツァルト:アリア「私は行きます、でもどこへ」「ベレニーチェに」(ソプラノ:リセット・オロペサ)
マーラー:交響曲第5番

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