板倉康明(東京シンフォニエッタ音楽監督/指揮)

偉大なる作曲家夫妻が芽吹かせた豊穣をたどる

 世界各国から作品の応募がある国際作曲コンクール「入野賞」は、戦後日本を代表する作曲家のひとり、入野義朗(1921〜1980)の功績を讃えて1981年に設立された。入野の死後、私財を投げ打って同賞を立ち上げ、40年以上にわたってその運営の中心に立ち続けたのは、義朗の妻、禮子であった。2022年に86歳でこの世を去った彼女の音楽界への貢献を改めて振り返るべく、東京シンフォニエッタは『追悼・入野禮子 その業績を顕彰する』と題する演奏会(第55回定期演奏会)を7月5日に東京文化会館小ホールで開催する。同楽団は、2004年の第25回入野賞から室内オーケストラ部門での演奏を担当し、音楽監督の板倉康明は作品の選考に審査員としても携わっている。

 「入野禮子さんは、夫の義朗さんの意思を後世の作曲家へと引き継ぐべく、入野賞を創設されました。作曲家の名前を冠したコンクールが音楽財団によって運営される例はいくつもありますが、作曲家のご遺族が自らコンクールの先頭に立って尽力された点で、この賞は特別なものだと思います」

 今回のプログラムには、入野の作品や受賞作のほかに、受賞には至らなかった応募作品もふたつ並んでいる。

 「禮子さんは義朗さんの作品が広く演奏されることをいつも願っておられましたから、彼の傑作『室内協奏曲』をプログラムの中心に据えました。この作品は日本人の作曲家が12音技法を用いた最初期の例として、歴史的にも重要なものです。

 入野義朗の精神を受け継ぐ審査員たちが今聴かれるべき作品として選んだのが、2022年の受賞作、カテリーナ・ディ・セッカの『La Serita ricurva』です。セッカはイタリアの作曲家で、本作はニーチェの永劫回帰と時の流れをテーマにしています。

 ジャン=パトリック・ブザングランの『Konohana』はコノハナサクヤヒメの伝説に、久保哲朗の『かぎろひうつろふ II』はサルヴァトーレ・クァジモドの詩にインスピレーションを得た作品です。フランス人の目から見た日本神話と、日本人が読み解くイタリア文学には、どちらにもミクスト・カルチャーの面白さがあり、それは音楽からもはっきりと感じ取れるでしょう。このふたつの作品は受賞こそ逃しましたが、私は審査の段階から高く評価していました。19世紀のフランスではサロンの『落選展』から印象派が生まれたように、受賞作以外の優れた作品にも目を向けることは大切な仕事だと考えています」

 入野夫妻の蒔いた種はどのような花を咲かせたのか。ふたりの生きた証に想いを馳せながら、板倉と東京シンフォニエッタの精緻な演奏にじっくりと耳を傾けたい。
取材・文:八木宏之
(ぶらあぼ2024年7月号より)

東京シンフォニエッタ 第55回 定期演奏会 追悼・入野禮子 その業績を顕彰する
2024.7/5(金)19:00 東京文化会館(小)
問:AMATI 03-3560-3010
https://www.amati-tokyo.com