取材・文・写真:編集部
欧州の名門、英国ロイヤル・オペラ(ROH)の5年ぶり7度目となる日本公演が、6月22日より東京と横浜で開催される。開幕を目前に控えた6月18日、音楽監督・指揮者のアントニオ・パッパーノ、オペラ・ディレクターのオリヴァー・ミアーズほか、《リゴレット》《トゥーランドット》それぞれの主要キャストが登壇し、都内で会見を行った。
2002年より22年と長きににわたりROHを率いてきた名匠パッパーノは現在、音楽監督として最後のシーズンを迎えている(24年7月まで)。今回がROHとの4度目の日本公演となるが、パッパーノが振る最後のオペラ公演が奇しくも日本の地で行われる。
演目はヴェルディの《リゴレット》(2021年初演、オリヴァー・ミアーズ演出)とプッチーニの《トゥーランドット》(1984年初演、アンドレイ・セルバン演出)。ともに劇場が誇る名プロダクションで、パッパーノは「最高のコンビネーション」と自信をのぞかせる。
「ROHには素晴らしいレパートリーがたくさんあり、これからもそれは続きますが、この2演目はとても重要です。まず《リゴレット》はその構造的な内容、物語性、メロディ・・・。原作はヴィクトル・ユゴーの戯曲ですが、シェイクスピアを彷彿とさせる戯曲としての完成度の高さに新しさなど、すべてをもちあわせた完璧なオペラです。
一方の《トゥーランドット》はそれとは全く違う、オラトリオのような、いわゆる儀式的な舞踊や20世紀初頭の革新が入ってくる特別なオペラ。プッチーニが作曲した時(1926年初演)、ストラヴィンスキー、バルトーク、R.シュトラウス、シマノフスキにいたる作曲家のことを知っており、その音楽を自身で消化し、独自の世界観で想像のアジアの舞台を創り出しました」
マエストロが《トゥーランドット》を劇場で振ったのは意外にも2023年春のこと。
「《トゥーランドット》はメロドラマではなく、物語性もいまいちですし、《ラ・ボエーム》のようなロマンティックな場面もない・・・と最初は思っていましたが、それは大きな間違いでした。他のオペラとはまったく違うがゆえに、新しいオペラの形を提示してくれた、壮大な音の世界観をみることができる特別な作品です。
そもそもヴェルディとプッチーニの組み合わせは間違いないのですが、《リゴレット》と《トゥーランドット》、ここに最高のコンビネーションの作品をお届けします。コヴェント・ガーデンの素晴らしい私の家族とともに、日本の家族(関係者やスタッフ)に囲まれて、最高の聴衆に聴いていただきたいと思います」
オペラ・ディレクターのオリヴァー・ミアーズは、今回の《リゴレット》の演出を手掛けている。ROHではコロナ禍で18ヵ月間におよぶ劇場閉鎖からの再開を飾った作品で、今回が日本初演。この日はあいにくの天候だったが、「一緒に英国のお天気まで持ってきてしまったようで申し訳ない」と笑いを誘いつつ、劇場の特性について次のように語った。
「世界中には素晴らしい劇場がいくつもありますが、私どもも世界トップのオペラ・ハウスであると自負していまします。ロンドンにはたくさんの劇場がありますが、300年の歴史を持つオペラ・ハウスとして、最高の歌い手、指揮者、演出家、スタッフとともに舞台を日々お届けしています。劇場とは何たるかを考え、すべての人に芸術を届けるために最高のものを提供し続けることを心がけています」
登壇した歌手たちはほとんどが初来日、日本公演にかける想いもひとしおだ。
《リゴレット》マントヴァ公爵のハヴィエル・カマレナ
「初めての日本でとても興奮しています。私の声の高さだと悪役を歌うことは非常に少ないのですが、楽しんで演じたいです。特にオリヴァーさんの演出は素晴らしく、このキャラクターに対する解釈が私と一致するものがあり、やりがいを感じています。公爵をロマンティックに描く方もいますが、オリヴァーさんの解釈、パッパーノ氏のリゴレットに対する考え方に賛同し、アイコニックなオペラの公爵役を演じられることは光栄です。さらに偉大なテノールが歌ってきた役、声のみならず役作りも自分独自の表現でお見せしたいです」
《リゴレット》ジルダ役のネイディーン・シエラは、以前コンサートで来日した経験があるが、今回が日本でのオペラデビュー。
「マエストロとの最初のオペラ共演はジルダで、プロの道でやっていく上で大切な意味を持つ役となりました。私にとってはジルダは希望と喜び、大きな勇気、あらゆるものを与えてくれた大切な役の一つで、今後も歌い続けたいと思っています。
オペラの作品ではたくさんの人が亡くなりますが、悲劇とは人の心に強いインパクトを残します。ただすごい歌を聴いた、すごい芸術を観ただけではなく、そこに何かを学ぶことがあるかどうかも大事です。オペラには、人々が自分の人生にあてはめそれを通して何か糧にできる、そんな力があります。そういう意味でも私にとってオペラはとても大事なものです」
《トゥーランドット》リュー役のマサバネ・セシリア・ラングワナシャ
「ロイヤル・オペラ・ハウスのジェットパーカー・ヤング・アーツプログラム(オペラ養成機関)を終えたあと、プロの歌手として初めて歌った役がリューで、私にとって特別です。マエストロ・パッパーノからは『この役をすべて歌えるようにしたほうがよい』と言われ、役を覚え、初めて舞台で歌ったときは、本当にスリリングな経験でした。美しい3つのアリアがあり、皆さんにとっても非常に印象に残る役柄です。愛するものを守るために身をささげる彼女にとって、死は自然なことで、オペラそのものも壮大で美しい作品、最高のステージを楽しんでいただきたいです」
《トゥーランドット》カラフ役のブライアン・ジェイド
「日本ツアーのオファーが来たときに迷うことなく引き受けました。ですので、ロンドンでの最後のリハーサル後、少しでも早く日本に着いてリハーサルに参加したいと飛行機に飛び乗りました。カラフ役はテノールにとって偉大な役の一つで、〈誰も寝てはならぬ〉は誰もが知る有名なアリアです。彼はとても強い自信をもち、自分の夢を叶え、望むものは手に入れるということを疑ってやみません。だから舞台に立つと息が抜けない、最初から最後まで全力疾走でいかないとできない役です」
会見ではトゥーランドット姫役の変更もあわせて発表された。当初予定していたソンドラ・ラドヴァノフスキーは、副鼻腔炎および重度の中耳炎を発症したため残念ながら来日が叶わず、代わりにパッパーノの推薦により、マイダ・フンデリングが演じる。26年にはROHで同役の出演を控えているというフンデリングは、チュニジアのビゼルタ出身。世界各地の劇場で《アイーダ》《トスカ》《サロメ》《トゥーランドット》などのタイトル・ロールで主演を重ね、ROHには18年に《ワルキューレ》ヘルムヴィーゲ、22年《ローエングリン》エルザ役で出演した、注目の歌手の一人という。
質疑応答で、ROHでのこの22年を振り返っての想いを聞かれたパッパーノ。
「年数ではなく、作品の一つひとつに意味を見出しています。22年間で多くの音楽、演目を取り上げましたが、音楽監督としてやりたいレパートリーを提案する立場でもありましたので、私は貪欲にいろんなことをやりたいと思っていました。ワーグナー、プロコフィエフ、ベルク、モーツァルト、ヴェルディ、プッチーニ、そしてシマノフスキ、ベルリオーズなど、次々と作品を取り上げ、私自身が音楽的解釈をしっかりと固めて、また劇場としての確固たる考えをもってのぞみました。ですので、ここで働いた時間よりも、経験の質の高さを得ることができたと思います」
お互いの信頼関係が感じられる、始終なごやかな雰囲気で終わった会見。世界を席巻する歌手たちの作品への想いと、音楽監督として掉尾を飾るパッパーノと英国ロイヤル・オペラの集大成、それらが結実する舞台がまもなく幕をあける。
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【Information】
英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演
ヴェルディ《リゴレット》
6/22(土)15:00、6/25(火)13:00 神奈川県民ホール
6/28(金)18:30、6/30(日)15:00 NHKホール
指揮:アントニオ・パッパーノ 演出:オリヴァー・ミアーズ
出演:ハヴィエル・カマレナ(マントヴァ公爵)、エティエンヌ・デュピュイ(リゴレット)、ネイディーン・シエラ(ジルダ) 他
プッチーニ《トゥーランドット》
6/23(日)15:00、6/26(水)18:30、6/29(土)15:00、7/2(火)15:00 東京文化会館
指揮:アントニオ・パッパーノ 演出:アンドレイ・セルバン
出演:マイダ・フンデリング(6/23, 6/26)、エヴァ・プウォンカ(6/29、7/2)(以上トゥーランドット姫)、ブライアン・ジェイド(カラフ)、マサバネ・セシリア・ラングワナシャ(リュー) 他
演奏:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
合唱:ロイヤル・オペラ合唱団
問:NBSチケットセンター03-3791-8888
https://www.nbs.or.jp