次期首席指揮者がサマーミューザではたす夢の共演
取材・文:柴田克彦
—— まずは日本フィルとの共演歴を教えてください。
2020年3月の公演がコロナでキャンセルになり、21年3月東京定期演奏会の代役での指揮が初共演となりました。その後は、21年12月に2公演、22年5月に4公演、今年はすでに8公演指揮しています。
—— 共演が急速に増えた中、今年9月から首席指揮者に就任されます。同ポストへの思いは?
長い歴史と伝統を持つオーケストラから「ファミリー」として迎えていただくことは大きな喜びであり、この上ない名誉です。幸運なことに世界の多くの楽団と共演させていただく機会をいただいておりますが、私にとって日本フィルは何ものにも代え難い特別な存在なのです。今後は日本フィルと共に多くを学び、様々なことに挑戦したいと思います。
—— カーチュンさんが思う、日本フィルの特徴や魅力とは?
先日金沢に行ったのですが、そこには古い和菓子屋さんがあり、1つのものをとことん突き詰めて磨き上げていく“職人魂”があります。日本フィルにもそのような精神があり、私は最初からそこに惹かれています。
また、コロナ禍の代役として日本で多くのコンサートを指揮しました。日本には全国に素晴らしいオーケストラがありますが、その中でも日本フィルは格別だと思っています。彼らは指揮者を心から信頼し、仕事の進め方にも深い分析や探究心が感じられます。この楽団の他のマエストロ — ラザレフ氏、インキネン氏、小林研一郎氏らは、個々に専門や興味の対象があります。これはまるで大学のよう。私も今後数年かけて、自分が興味のある音楽を日本フィルと共に深く探っていきたいと考えています。
—— さて、8月9日には日本フィルとフェスタサマーミューザ KAWASAKIに出演されます。この音楽祭やミューザ川崎シンフォニーホールにはどんなイメージをお持ちですか?
音楽祭には2年前に東京都交響楽団を指揮して参加しましたが、平日午後の公演もあって、色々なオーケストラや音楽を聴けるのがいいですし、チケット代も非常にリーズナブルだと感じました。それに夏で若い方が大勢来られていたという印象もあります。そしてホールは世界の中でもベストに挙げられるくらい素晴らしい。特に客席から見るとオーケストラがすぐそこにあって、生の音楽が作られているのをリアルに感じられます。
—— ヴェルディの《運命の力》序曲、菅野祐悟のサクソフォン協奏曲「Mystic Forest」(独奏:須川展也)、ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」が並ぶ、今回のプログラムの意図は?
プログラムの中心にあるのは、私が尊敬してやまない須川展也さんです。彼はシンガポールでも有名で、私が最初に買ったCDも、須川さんがコンサートマスターをされていた東京佼成ウインドオーケストラのアルバムでした。そのような方と共演できるのは、私にとって本当に特別な機会です。
また、須川さんが吹く協奏曲の作曲者・菅野祐悟さんはドラマなどの音楽も作曲されていて、私がシンガポールの徴兵制度で軍隊にいた大変な時、テレビで流れる菅野さんの音楽から勇気を得ることができました。今回、須川さんがそのような菅野さんの作品を演奏されるので、心待ちにしています。
そして「展覧会の絵」は、何回も演奏している私の大好きな作品の1つ。しかもこの曲にも須川さんが参加してくださるとのことなので非常に楽しみです。
—— 「展覧会の絵」にも須川さんが出演されるのは、お客さんにも嬉しいニュースですね。ところでカーチュンさんにとって須川さんはどんな存在でしょうか?
トランペットを吹いていた私は、7歳から18歳まで吹奏楽の環境の中で育ちましたが、その中でヒーローというのはそう多くありません。しかし須川さんは誰もが知っていて、私が学生の頃は“サクソフォンの神様”のような存在でした。それに数ヵ月前、彼が今回の協奏曲を横浜で演奏した時に初めてご挨拶をさせていただき、しかもその時菅野さんにもお目にかかりましたので、8月の公演がより楽しみになりました。
—— 菅野さんの協奏曲は、どんな曲ですか?
とても美しい作品で、スタイリッシュと言えるかもしれません。私が好きなTVドラマ『ガリレオ』(菅野が音楽を担当)の音楽を彷彿させる場面もあります。とにかくサクソフォンが美しく奏でられる、古いファンにも若い方にも喜ばれる作品だと思います。
—— 「展覧会の絵」はお馴染みの名曲ですが、魅力や聴きどころは?
もちろんこれは大傑作で、登場する10枚の絵の内容は非常にユニークです。例えば「古城」は、どの時代のどんなお城だろうか? と考えることができます。卵の殻から足だけを出したひよこの絵も出てきますが、それはアニメやディズニー映画のようなシーンです。そのようにイマジネーションを刺激する音楽であり、しかも各々の絵が短いので、どんな方にも喜んでいただけると思います。
—— 冒頭の《運命の力》序曲についても一言。
非常にドラマティックな音楽です。私は、《運命の力》はオペラの中で最も偉大な作品の1つだと思っています。それにこの序曲は、ベートーヴェンの「運命」交響曲と同じような始まり方をしますし、オーケストラの魅力がつまっているという意味で「展覧会の絵」とも相性がいいと思います。
—— 最後に首席指揮者として日本フィルでやりたいことは?
まず今までやってきたマーラーの交響曲は今後も深く探究していきたい。ベルリンで勉強した私は、オーストリア=ドイツの音楽に興味がありますし、来年記念イヤー(生誕200年)のブルックナーも取り上げていきたいですね。次には作曲家たちが取り入れた民族音楽の分析。これはすでに伊福部昭や芥川也寸志、ヤナーチェクやバルトークの作品を演奏しています。最後にいまも活躍されている作曲家の作品。日本フィルには渡邉曉雄先生が始めた委嘱作の「日本フィル・シリーズ」がありますので、それをぜひ続けていきたいと思っています。
—— 8月の公演も日本フィルとの今後も本当に楽しみです。本日はどうもありがとうございました。
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2023
日本フィルハーモニー交響楽団
カーチュン・ウォンの描く『展覧会の絵』
2023.8/9(水)15:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
(14:20~14:40 プレトーク)
出演
指揮:カーチュン・ウォン(日本フィルハーモニー交響楽団 次期首席指揮者)
サクソフォン:須川展也 *
プログラム
ヴェルディ:歌劇《運命の力》序曲
菅野祐悟:サクソフォン協奏曲『Mystic Forest』*
ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲『展覧会の絵』
問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/calendar/detail.php?id=3397