竹澤恭子(ヴァイオリン)

フランス音楽の秘曲とバルトークへの新たなアプローチ

Photo:Tetsuro Takai
 彩の国さいたま芸術劇場の『次代へ伝えたい名曲』シリーズ。ヴァイオリニストの竹澤恭子が選んだのは、プーランクとルクーのソナタ、現代作曲家リシャール・デュビュニョンの「眠りの神 ヒュプノス」と「恍惚のひと時」というフランス系の作品に、バルトークのソナタ第1番という、わくわくする魅力的な構成だ。
「6年前にニューヨークからパリに移り住んで改めて感じたのは、フランス音楽が、日本であまり盛んには弾かれていない、ということでした。私自身、特に若い頃はあまり接してきませんでしたし、自分が理想としているのが力強い芯の太い音なので、フランスものはある意味チャレンジなんです」
 デュビュニョンは1968年ローザンヌ生まれ。前衛的ではなく聴きやすい作風はメシアンを思わせる。
「私が審査員だった2014年のロン=ティボー・コンクールで、彼の新作『アンチ・タンゴ』が課題曲に入っていました。タンゴらしく演奏するつもりがなくてもタンゴに聴こえてしまうという、面白い作品です。今回の2曲はジャニーヌ・ヤンセンのアルバム『美しい夕暮れ』のために書いた曲。“夜”と“眠り”につながるイメージで作曲したという、とても神秘的な曲です」
 バルトークは自身にとって特に重要な作曲家だという。
「13歳の時に聴いた、アイザック・スターンさんのヴァイオリン協奏曲第2番の演奏でバルトークに開眼しました。宇宙のような大きなスケール感や、リズムの持っている力強さ。弾いてみたいと思った、初めての20世紀の作曲家でした。ジュリアードに留学して、インディアナポリスのコンクールを受ける時にも、ドロシー・ディレイ先生に『あなたの音や演奏スタイルに合っているから、絶対にバルトークを弾くべきだ』と言われて。優勝できたのはバルトークのおかげだと今でも思っています。1番のソナタはとても複雑な作品ですが、どう聴いてくださるか、これもチャレンジですね」

パリで発見した、しなやかな感覚

 そのバルトークは、今回ピアノを務める児玉桃からの提案だったのだそう。この数年来共演を重ねている二人はともにパリ在住。今年は児玉家で、桃の姉・麻里とケント・ナガノ夫妻らとともに年越しそばを食べ、カウントダウンの花火を見て新年を迎えたとか。
「バルトークが好きだという話をしたことはなかったので、サプライズでした。桃さんは特にハーモニーに対して繊細な耳を持っているピアニストで、敏感にそのカラーを表現したり、ハーモニーの響きの中から生まれるタイミングのとり方など、とても刺激になります」
 パリに移って、音楽づくりにも変化があった。
「フランスでは、例えばボウイングを、『ふわっと飛んでいる鳥に沿って弾くんだよ』と教えている。それに対してアメリカでは、しっかり掴んでがっちり出すというのか、とにかく楽器を響かせることが大事なのです。フランスの方法は小さな響きからふわーっと音が広がる感覚ですね。ボウ・スピードなども変わってきますし、音色もおのずと広がる。今はまだそれを吸収しているところですが、両方できるようになれば、音楽作りがもっと立体的になると思います」
 アメリカで培った攻めの音楽の姿勢にフランスのしなやかな感覚を乗せて、さらに円熟味を増している竹澤恭子。その現在地を聴く、絶好のプログラム。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ 2017年3月号から)

次代へ伝えたい名曲 第9回 竹澤恭子 ヴァイオリン・リサイタル
3/11(土)14:00 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
問:彩の国さいたま芸術劇場0570-064-939
http://www.saf.or.jp/arthall/