イエルーン・ベルワルツ(トランペット)

“多様性”こそ、人生のスパイス

 北ドイツ放送交響楽団の元首席トランペット奏者で、現在は凛とした美音と幅広い表現力を武器に、ソリストとして国際的に活躍するベルギー出身のイエルーン・ベルワルツ。「“多様性”こそ、人生のスパイス」と語る名手が発表したCD『トランペット・テールズ』は、ジャンルを超越した様々な楽曲が、スタイリッシュにそして彩り豊かに演奏されている実に魅力的なアルバムだ。
「料理で特徴的な味が他を引き立てるように、音楽では“多様性”という強烈なスパイスが常に必要です。私は今回、有名な曲と新しい作品の両方を選びました。スタンダードな名曲はやはり重要ですが、自分が普段から取り組んでいる現代ものやジャズなど少し軽い感じの楽曲も、ぜひ聴いていただきたいと考えていました」
 当盤の堅固な枠組みを成すのは、ベルギーの名トランペット奏者テオ・シャルリエ(1868〜1944)の「エチュード・イン・スタイル」からの3曲。無伴奏による、静謐で荘厳な楽想は、単なる“練習曲”のイメージを覆す。
「母国の優れたトランペット奏者の系譜の中で、シャルリエは最も偉大な1人。ベルギーのトランペッターは、彼のエチュードを吹いて育っているといってもよいでしょう。その書法と和声の処理が大好きで、常に刺激を与えられています」
 また、細川俊夫の「霧のなかで」は、ベルワルツが2年前に初演したトランペット協奏曲から、2015年秋のリサイタルツアーの録音のために、作曲者の手でピアノ伴奏版に改められた。
「ヘルマン・ヘッセの同名詩に基づいて書かかれた作品です。基本的なアプローチは変わりませんが、効果は全く違いますね。ピアノが“小さなオーケストラ”と化す一方で、より親密に、しかも柔軟に演奏できますから」
 ピアノの中川賢一も、心地よい緊張感に満ちた快演を聴かせている。さらに、「トランペットが声のように扱われ、会話のよう。旋律も美しく、深遠な傑作」と語る武満徹「径」をはじめ、リゲティやジャズまで、自在な編曲を伸び伸びとしたプレイで披露。
「あるジャンルや作曲家の音楽を『知らないから』といって、聴かないことがあるかもしれませんが、それはあまりにも勿体ないことです。もう一度言いましょう、“多様性”こそが、人生のスパイスだ、と」
 そして、「私にとって、いかにして人々に音楽を届け、聴衆の心を揺さぶり、“旅”へと連れ出し、作曲家の声を伝えるかが、最大の課題です。それができればこの上ない喜びですし、自分の責任でもあります」と熱く語るベルワルツ。「常に真摯であることが大きな力となり、音楽の真の美への道に導いてくれます。そんな、自分自身を正直に表現できるアーティストでありたいですね」と締め括った。
 またベルワルツは、8月には浜松で、12月には東京と名古屋のコンサート*に出演する。こちらも要チェックだ。
取材・文:寺西 肇
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年7月号から)

第22回 浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル
教授陣によるトランペットナイト
8/3(水)19:00 アクトシティ浜松 音楽工房ホール
問:プロアルテムジケ03-3943-6677
*詳細はオカムラ&カンパニーのウェブサイト(http://okamura-co.com)にアップされる予定。

CD
『トランペット・テールズ』
日本アコースティックレコーズ
NARD-6004
¥3000+税
6/21(火)発売