映画『蜜蜂と遠雷』特集|鈴鹿央士(俳優/風間塵役)× 藤田真央(ピアノ)

interview & text:高坂はる香
photos:野口 博

国際ピアノ・コンクールを舞台とした恩田陸の小説「蜜蜂と遠雷」が映画化され、10月4日に公開となる。主人公の一人、風間塵は、養蜂家の父とフランスを旅しながら暮らし、正規の音楽教育を受けていないにもかかわらず、その型破りな才能で聴衆と審査員を驚愕させた少年だ。塵を演じるのは、オーディションで100人以上の中から選ばれ、本作が俳優デビューとなる鈴鹿央士。そしてピアノを弾くのは、チャイコフスキー国際コンクールで第2位となったばかりの藤田真央。「二人の風間塵」に話をうかがった。

左:藤田真央 右:鈴鹿央士

──鈴鹿さんは風間塵を演じるにあたって、どんなふうに役作りに取り組まれましたか?

鈴鹿 撮影が始まる前、藤田さんのレコーディングを見学して、弾く前、演奏中、弾いた後の表情、手や体の動きなどを勉強しました。初めて藤田さんの演奏を聴いて、ピアノから出る音を聴くというより、優しい音に包み込まれているような感覚がありました。手の動きが柔らかく独特で、弾いている姿も音楽も、リアル風間塵だと思いました。

藤田 会場は東京オペラシティでしたが、鈴鹿さんは、あんな大きなホールで一番前に座っていたんですよ! すごく観察されているのを感じて、役者さんってこんなに一挙手一投足を見て演技に生かすのかと驚きました。

──鈴鹿さんはピアノを習ったことがないところから、いろいろ工夫して演奏シーンに備えたそうですね。

鈴鹿 指の動きが複雑なところは、ノートに線を引いてドレミファソラシドのマス目を作り、黒鍵は黒丸、白鍵は白丸として書き込んだ表を作って練習しました。撮影で僕が弾くのはヤマハのピアノだと聞いていたので、鍵盤の上の「YAMAHA」の「Y」の下がこの音…みたいな感じで位置を覚えました。塵はピアノを楽しんで弾いている人なので、自分もできるだけ指を動かしてピアノを弾きたいと思いました。

──藤田さんは、鈴鹿さんの演奏姿をご覧になっていかがでしたか?

藤田 すばらしいですね。真剣に勉強されて、見聞きしたことをすぐに取り入れるところがすごいと思います。先日、取材でご一緒したときに連弾をしたら、とても上手になっていたのでびっくりしちゃいました。でも、去年の段階でも「月の光」をすばらしい音色と色彩感で弾いていたから、才能があるなと。ピアノを小さいころからやっていたら、コンクールで競い合う仲になっていたかもしれませんね(笑)。

──「月の光」は、塵と(松岡茉優さん演じる)栄伝亜夜の連弾の場面で演奏されます。映画公開前に、一部そのシーンが公開されましたね。

藤田 あのシーンは、映像もきれいなんですよね?

鈴鹿 一番お気に入りのシーンです。撮影では、夜遅くから朝日がのぼってくる時間まで二人で弾き続けたので、時間の意味では大変だったのですが、楽しかったです。普通、撮影現場にはたくさん人がいますが、カメラがピアノの周りをまわる形で撮りたいということで、監督はじめほんの数人だけがカメラの後ろにいて、あとは僕と松岡さんだけという状況でした。すごく特別な空間でした。

【参考動画】映画『蜜蜂と遠雷』亜夜と塵の月夜の連弾

──藤田さんは、藤倉大さんが手がけた新作課題曲「春と修羅」を演奏されてみて、いかがでしたか?

藤田 一見似ている音形でも単純な繰り返しはなく、少しずつ変わっていくところなど、藤倉さんらしさを感じる作品です。最初に楽譜をいただいたとき、演奏の指示が細かく書き込まれているその精密さに驚きました。楽譜通りに弾いていけば、しっかりとその音楽になります。とはいえ、決して弾きやすい曲ではなく、特にコーダは大変だったと、他のピアニストのみなさんも言っていました。でも、私は塵のカデンツァが一番のお気に入りで、当たりくじ!と思いました。4人の中で一番良いカデンツァ!激しさもあって一番弾き甲斐を感じました(笑)。

──カデンツァの演奏シーンは、鈴鹿さんも大変だったのでは?

鈴鹿 ものすごく大変でした。腕が疲れましたね…。ずっとトレモロが続いて、いつ終わるんだって思いながらも拍がどんどん変わっていくことを考えなければなりませんでした。腕に疲労も溜まりましたけど、楽しいなと思うところもあって、気持ちがごちゃ混ぜの状態でした。でも僕も、塵のカデンツァが一番好きです(笑)。

──塵は、天真爛漫でありながら聴く人を畏れさせるほどの才能として描かれていますが、鈴鹿さんはあのキャラクターをどうご自身の中に取り込んだのでしょうか。

鈴鹿 藤田さんの演奏から勉強したことのほかには、小説を現場に持っていって、撮影前にそのシーンを読み返したりしていました。あとは、監督とお話をしていたら、「その表情、その仕草を現場に持ってきて」と言われました。僕自身も、塵からそんなにかけ離れていない気がしたので、がんばって役作りはしませんでした。ただ胸を張って、役作りをしました!と言いたいところなのですが(笑)。周りにたくさんヒントがあったことも良かったです。

──藤田さんは先のチャイコフスキーコンクールで、モスクワではノーマークの日本人として登場して聴衆を驚かせるという、まるで塵のような活躍をされました。あの様に、人を畏れさせつつも魅了してしまう演奏って、どういう風に生まれてくるのでしょう。

藤田 演奏に関しては絶対に自分を曲げない、自分が信じるものを弾くということは大切にしています。審査員に好かれるような演奏をするのではなく、自分は自分の演奏をして、それで受け入れてもらえるならいいし、そうでなければ落ちるだけだと思っていました。別に落ちてもいいから、演奏のことだけは、絶対に譲らない。

──強い気持ちですね。

藤田 他のことではすごく弱いんですけれどね、いろいろなことですぐ怒られちゃうし・・・(笑)。でも、演奏は自分だけのものだから、そこは守りたいんです。

──例えば劇中、亜夜はピアニストとして生きていくことに悩むわけですが、そういう芸術家の葛藤についてはどう思いますか?

藤田 亜夜はお母さんをなくしていますが、私はそういうことはありませんし、好き勝手に弾いているだけなので、葛藤は一つもありません、今のところは!(笑)。ピアノも好きで弾いているだけ。演奏のために旅をすることも好きですから、楽しいです。

──お二人とも風間塵タイプなのだなと改めて思いますが…鈴鹿さんは、今回ピアニストを演じ、体験して、どういう仕事、生き方だと思いましたか? 一つの答えのない芸術の世界で生きていくなか、藤田さんのように他人がなんと言おうと気にしない考え方もあると思いますけれど。

藤田 毎回ステージに出るたびに、ハラハラドキドキ、すごく緊張する。これが一生続くの、どう思いますか?(笑)

鈴鹿 うーん・・・。僕はまだ他人の言うことも気にしてしまいます。練習中とか、嫌になることはないのかなとも思いました。自分の思う通りに指が動かなくて自分自身にがっかりしたり。でも弾けるようになった時の喜びもあるんですよね。

──では、塵のことはどういう人物として捉えていますか?

鈴鹿 自分のピアノを持たず、旅をしながらいろいろなものを見ていることで自由な解釈ができる塵をうらやましいなと思います。
あと、僕は台本を読んで演じて、それは違うと言われたらひゅるひゅると落ち込んでしまいますし、オーディションの結果も気になります。藤田さんの、自分はこうなんだと曲げないというお話も、表現者としてすごくうらやましいと思います。僕も、自分を持って通していかなくてはいけないのかな。……そういう時が来たら、また考えよう。

──初めての役が塵だったことで、映画デビューから急にそんなことを考えることになってしまいましたね。

鈴鹿 そうですね、ありがたいことです(笑)。

藤田 すごいですよね。学園ドラマとかも似合いそうなのに、いきなりピアノ・コンクールだもんね(笑)。

──では最後に、映画『蜜蜂と遠雷』で楽しみにしてほしいところをお聞かせください。

藤田 クラシックはハードルが高いと感じている方もいらっしゃるかもしれませんが、映画を観ていただくと、悩み、葛藤して、励ましあって、そして成長していく青春ドラマ。一生懸命生きていくところは、誰でも共感していただけると思います。

鈴鹿 映画では、4人の演奏シーンの疾走感に注目していただきたいです。映画館は音が良くて大きいので、音楽がより楽しめると思います。ぜひ映画館でご覧ください。

profile
鈴鹿央士(Ouji Suzuka)

2000年1月11日生まれ、岡山県出身。映画『先生!、、、好きになってもいいですか?』(2017)のエキストラとして参加したのをきっかけに、女優・広瀬すずにスカウトをされ18年デビュー。同年に「MEN’S NON-NO」専属モデルオーディションでグランプリを獲得。映画『蜜蜂と遠雷』で俳優デビューとなり、100名を超えるオーディションで見事、風間塵役に選ばれた期待の新星。待機作に映画『決算!忠臣蔵』(11月22日公開)などがある。

藤田真央(Mao Fujita)
今年(2019年)6月、チャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞。聴衆から熱狂的に支持され、ネット配信を通じて世界中に注目された。17年弱冠18歳で第27回クララ・ハスキ ル国際ピアノ・コンクール優勝。
今シーズンは、ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団との共演でロンドン・デビューを果たす他、国内外でオーケストラとの共演、リサイタルが予定されている。CDはナクソス・ジャパンからリリース。『題名のない音楽会』『報道ステーション』などメディアへの出演も多い。現在、特別特待奨学生として東京音楽大学に在学し研鑽を積んでいる。


Information
映画『蜜蜂と遠雷』
2019.10/4(金)全国公開

原作:恩田 陸「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎文庫)
監督・脚本・編集:石川 慶
出演:松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士(新人)
配給:東宝
Ⓒ2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
https://mitsubachi-enrai-movie.jp/

CD『映画「蜜蜂と遠雷」
〜 藤田真央 plays 風間 塵』

ナクソス・ジャパン
NYCC-27310
¥3000+税