藤倉大が語る「音楽と演劇が50 – 50」の創作
ウィーン芸術週間の委嘱で誕生した音楽劇が2月、神戸で上演

藤倉大 (c)Yuko Moriyama otocoto

取材・文:原典子

 「50 – 50(フィフティ・フィフティ)」、といっても野球の大谷選手の話ではない。音楽と演劇についての話である。

 作曲家の藤倉大と、演劇作家の岡田利規が主宰するカンパニー、チェルフィッチュ。世界的に高く評価される両者による初のコラボレーションとなった音楽劇『リビングルームのメタモルフォーシス』は、ウィーン芸術週間(Wiener Festwochen)からの委嘱により2023年5月にウィーンで世界初演、24年9月には東京芸術劇場で日本初演されて大きな話題を呼んだ。そして来たる2月、神戸文化ホールでの上演を前にロンドンの藤倉に話を聞いた。

演技を見ながらリアルタイムで作曲!?
2年に及んだリモートでのクリエーション

 「ウィーン芸術週間の芸術監督、クリストフ・スラフマイルダーさんから岡田さんチームに、『藤倉大という作曲家と、音楽と演劇が50 – 50(対等)の新しい音楽劇を作らないか?』と提案があったそうです。当時、僕はクリストフさんとも岡田さんとも面識がなかったのですが、その提案を受けた岡田さんチームが僕にメールをくださったのが2020年の秋。ちょうどコロナのロックダウンの最中で、僕は新国立劇場のオペラ《アルマゲドンの夢》の世界初演に立ち会うために東京で隔離状態にあったときでした」

 6名の俳優と7名の演奏家による『リビングルームのメタモルフォーシス』は、家族のリビングルームからはじまり、やがて人智の及ばない強大な力に家ごと呑み込まれていく物語。ロンドンの藤倉と東京のチェルフィッチュをオンラインでつないだ約2年にも及ぶクリエーションは、リモート環境だったからできたと藤倉は語る。

 「僕はロックダウンで渡航できなかったかわりに、東京にいる役者さんたちの演技をロンドンの自室にあるモニターで見ながら、リアルタイムで作曲することができました。岡田さんは先に脚本を書くのではなく、役者さんたちとのワークショップのなかで脚本も演出もすべて同時に進めていくので、次に何が起こるかわかりません。僕はパソコンに入っている楽器のサンプラーなどを使って、ババッと作っては『こんなのどうかなぁ』と試しに鳴らしてみる。次にその音楽を役者さんたちが聴きながら演技すると、大きく変わってくるから面白かったですね。演技している方は『前と同じです』と言うのですが、音楽をやっている僕からすると、たとえば2分半の演技が4分に伸びるのは大きな違いですから」

世界初演前のリハーサル (c)前澤秀登
(c)前澤秀登
右:岡田利規 (c)前澤秀登

「すべてが自由で流動的」
藤倉&岡田を中心に展開するフレキシブルな創作活動

 岡田は世界初演時に「音楽と演劇の一方が、もう一方の従属物では決してないようなものをつくる」とコメントを寄せていたが、「50 – 50」の関係とは具体的にどのようなことなのだろうか。

 「僕が実験的に書いた音楽に対して、岡田さんは決してNOとは言いません。もちろん僕も岡田さんに対してNOとは言いません。これが映画の現場だったら作曲家の書いた音楽を監督が却下することもありますし、オペラの現場だったら作曲家が全権を握っているのでしょうが、そういった力関係は一切なく、すべてが自由で流動的で、『こうでなければダメ』という決まりもありませんでした。岡田さんから『この場面はこうしたいので、音楽はこうしてくれませんか』といったリクエストもありませんし、僕も役者さんに『もうちょっと間合いを置いてから話してください』といったリクエストも絶対しないようにしていました。そういう意味では、音楽と演劇がそれぞれ独立して存在していたと言えるでしょう」

 制作における対等な関係性や自由な空気は、たしかに『リビングルームのメタモルフォーシス』というプロダクション全体に通底するものなのだろう。演奏家が俳優よりも前に配置されたステージからも、それは伝わってくる。

 「あるとき、役者さんたちが座って台本を読んでいる映像を画面の左側に、演奏家がそのシーンの音楽を演奏している映像を右側に配置して編集したビデオを岡田さんにお見せしたんです。そうしたら、実際の演奏家が身体を動かしてパフォーマンスをしている様子にすごく興味をお持ちになって。いつの間にかステージのいちばん前に座るという配置になっていました。しかも岡田さんは『演奏していない時に、後ろを振り向いて演技を見てもいいですよ』と声をかけたんです。その言葉どおり、ウィーンでも東京でも、演奏家たちは本番中もずっと後ろを振り向いて、不思議そうな表情で“静かにヘン”なことが起きている様子を見ていました。そういうところは、どこまでもオープンでフラットな岡田さんならではですよね」

2023年5月、ウィーンでの世界初演の様子(c)Nurith Wagner-Strauss
(c)Nurith Wagner-Strauss

 藤倉が“静かにヘン”と言うように、チェルフィッチュの舞台をはじめて観る人にとっては、俳優たちの独特な身体の動きや言葉に新鮮な驚きをおぼえるに違いない。

 「僕は3歳から10歳まで劇団に入っていました。舞台から客席に向かってハキハキと話す、いわゆるオーソドックスな演劇をやっていたわけですが、それからすると、ときに後ろを向いてボソボソ喋るようなチェルフィッチュの演劇はびっくりじゃないですか。でも考えてみたら現代の実験的な音楽も、50年前、100年前には考えられなかったようなことをやっているわけで。演劇だって、僕が子どもの頃にやっていた演劇の延長線上にあるものとはまったく違う可能性もありうるわけだよなと」

(c)Nurith Wagner-Strauss
(c)Nurith Wagner-Strauss

演奏は地元・神戸市室内管メンバーを中心としたアンサンブル

 最後に、2月の神戸公演のポイントを。ウィーン初演のクラングフォルム・ウィーン、東京初演のアンサンブル・ノマドに続き、神戸公演では神戸市室内管弦楽団アンサンブルが登場する。

 「ボンクリ(藤倉がアーティスティック・ディレクターを務める東京芸術劇場のフェスティバル)でもおなじみのアンサンブル・ノマドは、創作段階から全面的に演奏を担当してくれました。クラングフォルム・ウィーンは初演を担当しましたし、言ってみれば神戸市室内管弦楽団アンサンブルは唯一、このプロダクションの制作プロセスに関わっていない人たちなんです。そこで発揮されるのは“楽譜の力”。最近は融通がきかない楽譜というものに苛立つことも多いですが、制作プロセスを知らない演奏家たちが楽譜だけを見てスムーズに演奏できたら、それはクラシックの作曲家である僕にとって大成功と言えることです。

左:藤倉大 右:岡田利規 (c)Nurith Wagner-Strauss

 これは単なる僕の妄想ですが、将来『リビングルームのメタモルフォーシス』が高校や大学で上演される定番の音楽劇になったらいいなと。岡田さんとのコラボレーションも、これが第一歩となって次に続いていくことを願っています」

 ちなみに神戸市室内管弦楽団は今年8月に藤倉のピアノ協奏曲第3番「インパルス」を、小菅優の弾き振りによるアンサンブル版で世界初演予定。2025年は神戸市室内管にとっての藤倉イヤーであることにもぜひご注目いただきたい。

神戸文化ホール 開館50周年記念事業 「2024劇場讃歌」
チェルフィッチュ × 藤倉大 with 神戸市室内管弦楽団アンサンブル
「リビングルームのメタモルフォーシス」

2025.2/1(土)、2/2(日)各日14:00 神戸文化ホール(中)

アフタートークあり

作・演出 岡田利規
作曲 藤倉大
出演 青柳いづみ、朝倉千恵子、石倉来輝、川﨑麻里子、矢澤誠、渡邊まな実
演奏 神戸市室内管弦楽団アンサンブル
[高木和弘、西尾恵子(以上ヴァイオリン)、亀井宏子(ヴィオラ)、伝田正則(チェロ)、上田希(クラリネット)、赤土仁菜(ファゴット)、法貴彩子(チェレスタ)]

アフタートーク登壇者 
2/1(土)
岡田利規(チェルフィッチュ主宰・演劇作家)
高木和弘(神戸市室内管弦楽団首席コンサートマスター)
上田希(神戸市室内管弦楽団首席クラリネット奏者)
2/2(日)
岡田利規(チェルフィッチュ主宰・演劇作家)

問:神戸文化ホールプレイガイド078-351-3349
https://www.kobe-bunka.jp/hall/schedule/event/theater/14410/


神戸市室内管弦楽団
Selection Vol.7「小菅優・最前線 in KOBE」

2025.8/23(土)14:00 神戸/東灘区文化センター うはらホール
4/25(金)発売予定

出演 小菅優(ピアノ/指揮)
プログラム 
藤倉大:ピアノ協奏曲第3番「インパルス」アンサンブル版(長谷川綾子、神戸市室内管弦楽団共同委嘱作品/世界初演)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 KV503

問:神戸市民文化振興財団 事業部 演奏課 info@kobe-ensou.jp
https://www.kobe-ensou.jp/ensemble/