モーツァルト時代のサロンに思いを馳せる夕べ
フォルテピアノと向き合い続けて25年。愛用の楽器は、モーツァルト時代のワルター・モデルのレプリカ。61鍵の、一見すると華奢な楽器で、語るようにコロコロと表情豊かに奏でる平井千絵の演奏は、各地のコンサートで絶賛されている。意外にも、Hakuju Hallの主催公演でフォルテピアノが登場するのは初とのこと。
「ホールの響きをイメージしながら、コントラスト豊かな選曲をしました。モーツァルトが愛用していたワルターのフォルテピアノは、指が喜ぶような軽やかなタッチで演奏できる楽器です。『きらきら星変奏曲』や『トルコ行進曲付き』のソナタは、フォルテピアノの生演奏を聴くのは初めてという方にも親しみやすいでしょうし、盲目のグラス・ハーモニカ奏者の女性のために作ったしっとりとしたアダージョや、モーツァルトが晩年に完成させた唯一のロ短調で書いた『アダージョ K.540』も、彼のひとつの側面として取り上げます。グルックの歌劇に基づく『10の変奏曲』は、オルガン的な対位法の響き、オーケストラ的・オペラ的でドラマティックな表現、鍵盤上の超絶技巧など、モーツァルトの魅力をすべて詰め込んだ“幕の内弁当”のようにおいしい作品です」
平井のCD『Mozart Speaks』シリーズで、未収録のソナタ第8番も聴かせる。
「モーツァルトがパリを訪問した時に書かれた作品です。当時パリで普及していたのは、ウィーンの楽器よりも太い音色を持つイギリス式の楽器。おそらく彼はその音に触れて、影響を受けたかもしれません。第8番のソナタには、どこか演劇的な要素が強く、鍵盤音楽を超えてオーケストラ的な世界を投影させているように思います。私の楽器はウィーン式ですが、Hakuju Hallだからこそ、この曲に挑戦したいと考えました」
モーツァルトへの理解をより深めようと、同時代の作曲家たちにも向き合ってきた。
「モーツァルトの隣にいたかもしれないドゥシェクやゲリネクといった人たちの作品を弾くことで、当時の音楽がより楽しくなり、モーツァルトの特異性も感じられます。ドゥシェクの『マリー・アントワネットの悲劇』はある種の受難曲ですが、オペラのような一大スペクタクルを展開します。《魔笛》のアリアを題材とするゲリネクの変奏曲は、同時代人がモーツァルトの音楽をどう感じていたのかを知る上での手がかりにもなりますね」
現代ピアノへの移行途上に生まれた多様・多彩なフォルテピアノたち。
「今はさまざまな楽器の音色を楽しめる贅沢な時代かもしれませんね。楽器や会場でまったく違う響きを味わえます。ぜひ生演奏の魅力を楽しんでいただきたいです」
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2021年7月号より)
Hakuju サロン・コンサート vol.9
平井千絵 Mozart Speaks ~語りかけるフォルテピアノ♪
2021.9/10(金)19:00 Hakuju Hall
問:Hakuju Hallチケットセンター03-5478-8700
https://www.hakujuhall.jp