10月最初の週末に行なわれたミューザ川崎シンフォニーホール開館15周年記念公演《グレの歌》(シェーンベルク)で圧巻の熱演を聴かせたジョナサン・ノットと東京交響楽団。シェーンベルクの興奮の余韻が残るミューザ川崎シンフォニーホールで、東京交響楽団2020年度シーズン・ラインナップ記者会見が行なわれた。演目自体はすでに9月初旬に発表されていたが、この日は、プログラムの意図をノット自身が直接報道陣に語る機会となった。
《グレ・ロス》はノットにも襲いかかっているようで、「《グレの歌》がまだ頭にまとわりついて離れなくて」と笑いながら、次のように熱っぽく話し始めた(以下発言はすべてノット)。
「プログラムについてお話しする前にひとつだけ。人類はみんな、音楽に感動をおぼえるものです。そしてその音楽体験は絶対に人を変えます。本当に素晴らしいものを分かちったあと、人びとの行動は、必ずよい方向に変化するのです。そして私にとっては、日本の聴衆のみなさんと一体となって音楽体験をする。互いに心が触れ合うような、共振するような時を過ごすことが大切だと思っています。みなさんの愛が、このオーケストラを支えているのだということを、あらためて申し上げたいと思います」
そして話題は本題へ。来季は、14年から音楽監督と務めるノットの7シーズン目であり、すでに26年3月まで延長している契約期間のちょうど折り返しシーズンということになる。
「過去の7年を振り返り、これから先の7年を見据えてプログラムを作ろうと思いました。どんなものを? いろんな考えをミックスし、私にとって大事なものをひとつの結晶としてまとめあげようと考えました。
ここ数年、終演後にお客様へのお礼の気持ちを込めて、小さなパーティを開いています。そこで、どんなプログラムをお聴きになりたいですかと訊ねたところ、まず 『ロシア音楽をぜひ』と言われました。じつは私はチャイコフスキーの『悲愴』を指揮したことがなかったのです。そこでそれに挑戦してみようと。それから日本の作品もぜひと言われました。じゃあ、何が? いろんなアイディアが次々に出てきたなかで矢代秋雄さんを選びました。彼の名前は知っていましたが、ピアノ協奏曲という作品の存在は知りませんでした。ツィクルスで続けているブルックナーの交響曲第6番と組み合わせます(2020年11月、独奏:小菅優)。
オーケストラにとって、これはひとつのコラボレーションです。ひとつの大きな環。環の半分を構成するのはオケと指揮者ですが、残りの半分は聴衆のみなさんです。それがひとつになって大きな環となるのです」
シーズンのハイライトはなんといっても20年10月。ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》だ。昨年まで3年連続で上演して好評を得たモーツァルトの〈ダ・ポンテ三部作〉に続く、演奏会形式でのオペラ上演となる。
この演奏会形式というスタイル。オケの定期だから、オケピットのないコンサートホールだからとかいう消極的な理由での選択ではなさそうだ。ノットは語る。
「演奏会形式だからこそ、歌手とオーケストラがすぐそばに感じられて、一体となるような独特な感覚が得られます。それが私は大好きなのです。バイロイト以降、オーケストラは透明人間のような見えない存在になってしまった。オーケストラがステージ上に上がることによって、楽器奏者と歌手が互いに対話しながら、一緒に音楽を作り出していくことができる。たとえば《トリスタンとイゾルデ》のマルケ王がバス・クラリネットとやり取りをするような。そこになんとも言えない妙があります。ひとつだけ問題があるとすれば音量です。ステージ上で演奏するためにはやはり音量を抑えなければならない。難しい技術を求められます。しかし東響は今回、たくさんの音符が重なるぶ厚い《グレの歌》を、見事にコントロールして仕上げました。深みのあるメゾフォルテやメゾピアノで、見事に歌手と対峙することができた。それに比べたら《トリスタンとイゾルデ》なんて、ずっと音符が少ないです。オーケストラと歌手とが見事に融合した音楽。それが《トリスタンとイゾルデ》でも可能だと信じています。
一人ひとりが奏でる音楽のもたらす効果というのは、たとえば子どもをオケの中に座らせてみると、彼らは音の大きさではなく、そこから生まれるパワーに驚くのです。その力を皆さんに聴いていただけるコンサート形式が大好きです」
題名役のトリスタンにブライアン・レジスター(テノール)、イゾルデにリサ・リンドストローム(ソプラノ)という、ワーグナー歌手として注目を集める2人を招聘する。演出が、カウンターテナーが本業の彌勒忠史というのも注目ポイントだ。
ほかの注目公演も少しピックアップしておこう。
20年4月定期は日英交流年(UK in JAPAN 2019–2020)のスペシャル・プログラム。ノット十八番の英国音楽に、いまや日本を代表する藤倉大を組み合わせた。藤倉は英国在住。ノットとも周知の友人だ。メインのウォルトン「ベルシャザールの饗宴」にはノットが「この合唱には自信がある」と信頼を寄せる東響コーラスが出演。同じ4月には、継続中のベートーヴェン交響曲シリーズが完結する。交響曲第2番にストラヴィンスキー「カルタ遊び」と、酒井健治のヴァイオリン協奏曲(独奏:辻彩奈)を組み合わせたプログラムも、ノットの面目躍如。
「ベートーヴェンは非常に人間的な音楽を書いて、人を刺激してくる。その意味では現代作品、それも、あまりロマンティックすぎないものと組み合わせるというのは、非常にやりやすい」とノット。東京オリンピック開会式翌日の7月25日は、ラッヘンマンとマーラー交響曲第5番という刺激的なプログラム。
「素晴らしいコンサートですので、開会式の入場券をお求めになれなかった人もけっしてがっかりしないで、ぜひこちらへ」
そして、今年に続いて、年末の「第九」公演もノットが指揮をする。
客演指揮者陣も多彩だ。イタリア若手三羽烏の一人ミケーレ・マリオッティや、昨年東響で日本デビューのマキシム・エメリャニチェフ、2度目の定期登場のリオネル・ブランギエ、そして今年9月のブザンソン国際指揮者コンクールの覇者・沖澤のどかなど、中堅から新人まで若い力の積極的な起用も、近年の東響の勢いを感じさせるキャスティング。
さまざまな切り口で組まれた奥深いラインナップ。念入りに吟味して予定に入れておかないと、きっと後悔するはずだ。要チェック!
文:宮本 明
東京交響楽団
http://tokyosymphony.jp/
http://tokyosymphony.jp/pc/news/news_4196.html&page=1
*新シーズンの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。