イリヤ・ラシュコフスキー(ピアノ)

ポジティブなエネルギーをうけとってほしい

 昨年秋の浜松国際ピアノコンクールで優勝に輝いた、イリヤ・ラシュコフスキー。今年は夏と秋に優勝者ツアーで日本全国をまわる。
 本選で演奏したプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は圧巻だった。指揮の井上道義はラシュコフスキーとの掛け合いが楽しくて仕方ないといった様子で、客席も熱狂。あの瞬間は、多くの人が彼の優勝を予感したことだろう。ショパンやシューベルトのような“やわらかい作品”が彼としては好みらしいが、ロシアものを演奏したときのほうがなぜか高く評価されるという。実際、彼の多彩なタッチとヴィヴィッドな音色は、20世紀前半のロシアものに驚くほどマッチする。ツアーでは、プロコフィエフ、ストラヴィンスキーやショパンなど、自身の心に近い作品、聴衆が期待する作品をバランスよく選んでくれた。
 1984年、シベリアに生まれた彼は、ピアノ教師だった母の影響でピアノを始めると実力を伸ばし、神童として活躍した。
「当時は小さな僕がピアノを弾けば誰もが熱狂しました。何も恐れていなかったし、いろいろなことが簡単でした。でも、今は違う。僕はいつでも演奏前は幸せいっぱいで、終わった後は反省で落ち込んでいます。この考えは、幼少期の師の影響によるのかもしれません。彼女は、トルストイの親友でもあった名教師アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルの教えを受け継いだ人です」
 15歳から師事した故ウラディーミル・クライネフからも、多くのことを学んだ。
「先生はソビエト時代の詩人の作品についてたくさん語ってくれました。そして、“アーティストの魂”は朝も夜も常に働いていないといけない、音楽の中には自分の血を一滴たらさなくてはならないのだと教えられました」
 17歳でロン・ティボーコンクール2位入賞後、初来日。日本でもすでに知られていたが、さらなる飛躍の機会を模索していたところで浜松コンクール優勝を果たすことができた。
「もう充分な経歴があったでしょうと言われることもありますが、若い演奏家にとってキャリアを確立するのはとても大変なこと。だから今回の優勝は本当に嬉しいし、重要です。コンクール後は、これまで以上に練習に打ち込んでいます」
 現在はパリに暮らし、指揮も学んでいるという。指揮に興味を持つのは「オーケストラと共演する中で完全に満足する演奏に出会うことは稀で、自分ならばこうしたいというイメージがあるから」だそう。
 確固たる自信と自己批判の精神。彼の音楽は、デリケートな感情が痛いほど胸に響くときもあれば、大胆で刺激的なときもある。
「演奏を聴いてポジティブなエネルギーを受け取ってほしい」とラシュコフスキー。ツアーへの意気込みも充分だ。演奏に期待しよう。

取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2013年5月号から)

【リサイタル】
11月4日(月・祝)・兵庫県立芸術文化センター、13日(水)・石川/北國新聞赤羽ホール、17日(日)・横浜みなとみらいホール、18日(月)・福岡シンフォニーホール、22日(金)・アクトシティ浜松(中)、24日(日)・ヤマハホール
【協奏曲】
高関健(指揮) 日本フィルハーモニー交響楽団 ★11月15日(金)、16日(土)・横浜みなとみらいホール
総合問合:浜松国際ピアノコンクール事務局053-451-1148 http://www.hipic.jp