エリアフ・インバル(指揮)

“宇宙”と一体化できる音楽

 83歳を迎えた今もエネルギッシュにタクトを執るエリアフ・インバル。関わりが深いベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を率いて、2年ぶりの来日ツアーを行う。

「このオーケストラと出会ったのは1989年、ベルリンの壁が崩れた年です(翌年、東西ドイツが再統一)。当初はいかにも“東ドイツ”のオーケストラでした。もちろんプロとしての技量は備えていましたが、西側の団体とはメンタリティが異なり、やや柔軟性に欠けるところがあった。当時、ベルリンには9つのオーケストラがあり、政治家からは統廃合の話も出ていて、彼らも不安を抱えていました。私は“一生懸命やれば、絶対に文句を言われないオーケストラになる”と語りかけ、厳しいリハーサルを続けることで、半年後にはクオリティの高さを評価されるようになりました。現在のベルリン・コンツェルトハウス管は、音がまろやかで優しく、音楽の流れがスムーズ。卓越した技術をもち、リズム感も良い。その意味ではベルリンというより、ウィーンのオーケストラの性格に近いですね」

 定評のあるレパートリー、マーラーの交響曲第1番「巨人」と第5番を採り上げる。
「交響曲第1番は私にとって本当に特別な曲です。この交響曲と出会ったことで、マーラーを“発見”したからです。第1楽章の序奏はピュアな自然を表していて、マーラーの青春の思い出が深く関わっています。第2楽章は3拍子のダンスで、美しい音楽でありながら、中間部には不穏な音が入り込んでくる。第3楽章も中間部で突然オーボエがクレズマー(ユダヤ系の伝統音楽)を始める。私がここでオーケストラにいつも言うのは“片目で笑って片目で泣く”音楽だということ。単純な楽しさ、悲しさではなく、全てが入り混じっている。この響きはマーラー以前には存在しなかったもので、音楽史を塗り変える新たな作曲法でした。第4楽章には深い絶望も悲劇もありますが、やがて希望を見出し、勝利を迎えます。しかし単純なものではなく、多くの要素が互いに競い合っている。これこそが偉大な音楽です。

 交響曲第5番は“宇宙”。第1楽章は『葬送行進曲』で、第2楽章も同じ雰囲気を持っています。第3楽章『スケルツォ』には民謡、自然、抒情、喜び、悲しみ、人生のドラマなど全てが入っています。第4楽章『アダージェット』は愛の音楽。不安や葛藤を含めた愛の全てが表れています。第5楽章『ロンド・フィナーレ』は喜び。ただし紆余曲折があり、疑問符につきまとわれながら、最後の大混乱の中で一つの勝利へ到達します。決して直線的ではなく、皮肉や風刺を含みながら音楽が運ばれる。マーラーの素晴らしさですね」

 協奏曲は、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番を演奏する(独奏:アリス=紗良・オット)。
「モーツァルトは本当に難しい。古典的でクリアでなければならず、その中にノスタルジーや愛や喜びなど、様々なものを表現できなければなりません。モーツァルトを演奏することは天国に近づくことであり、神の存在を確信することなのです」

 ワーグナーはマエストロにとって思い入れの深い作品だという。
「《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕への前奏曲は、4時間かかるオペラ全体の要素を凝縮した、輝かしい音楽です。《トリスタンとイゾルデ》の前奏曲は斬新なハーモニーで始まります。いつまでも答えを得られず、問いかけが永遠に続くような音楽。これは、世界に真実の愛は存在するのか、という問いと一体となっています。真実の愛がもし存在するなら、それは死の中にしかない。ワーグナーの素晴らしいアイディアですね。

 私はなぜ指揮をするのか。自分は指揮者を“職業”だとは思っていません。指揮は私の“運命”なのです。指揮をすると、偉大な音楽と一体となり、自分が宇宙の一部であることを感じることができます。そのために私は指揮をするのです。《トリスタンとイゾルデ》は、宇宙との一体感を最も直接感じることができる音楽の一つです」
取材・文:友部衆樹 写真:武藤 章
(ぶらあぼ2019年6月号より)

【Profile】
イスラエル生まれ。26歳でカンテッリ指揮者コンクール1位獲得以来、世界中で一流オーケストラを指揮する。フランクフルト放送響、ベルリン・コンツェルトハウス管、チェコ・フィル、都響の首席指揮者を務めた。現在も名誉指揮者の任にあるフランクフルト放送響の首席指揮者任期中(1974〜90)には、多数の受賞録音(ドイツ批評家賞、ディスク大賞)を残し、特にマーラーとブルックナーの解釈で国際的に称賛された。90年フランス政府よりフランス芸術文化勲章オフィシエに叙せられる。2001年ウィーン市より有功金章受章、06年フランクフルト市よりゲーテ名誉章、ドイツ連邦共和国より有功勲章を受章。

【Information】
エリアフ・インバル(指揮)
ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

2019.7/8(月)19:00 すみだトリフォニーホール
曲/ワーグナー:《トリスタンとイゾルデ》前奏曲と〈愛の死〉
        《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕への前奏曲
  マーラー:交響曲第1番「巨人」
問:トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212 
https://www.triphony.com/

2019.7/10(水)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
曲/モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 
  マーラー:交響曲第5番
共演/アリス=紗良・オット(ピアノ)
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 
https://www.japanarts.co.jp/

※ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の全国ツアー(新潟・広島・三重・愛知)の詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。 https://www.japanarts.co.jp/

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