ヨーヨー・マ ソロ・リサイタル

究極の無伴奏プログラム

(c)Stephen Danelian

ヨーヨー・マが現役チェリストの最高峰の一人であることに異論を挟む者はいないだろう。とかく賛否が起こりやすいクラシック音楽界で、ヨーヨー・マのように、技術、音楽性、レパートリーにおいて誰からも最高の評価を得ている演奏者は珍しい。そのヨーヨー・マが、この10月28日、29日の2日間にわたり、チェロ・レパートリーの聖典と言われるバッハの無伴奏組曲を全曲演奏する。
バッハの無伴奏組曲がそれほどまでに高く評価されているのは、低音域の単楽器とは思えないほど複雑な音と技術を組み合わせ、それが幅広く且つ深い音楽表現を可能にしているからだ。単純な旋律と思っていたものが、いつの間にか複雑なフレーズに変化し、前後の音と組み合わせて、ポリフォニック(多声的)な音楽を構築する。
それだけに技術的にも音楽的にも高い水準を要求されるが、幼少期よりこの曲に親しんできたというヨーヨー・マだけに、完全に身体に染みついているようだ。生涯で1回全曲録音するだけでも大変と言われるこの曲を、ヨーヨー・マは40台半ばまでに2回も録音してしまったことからもそれが窺える。
ヨーヨー・マの演奏は、チェロとは思えない程、軽やかで、しなやかな一方、チェロならではの深みと厚みを兼ね備えているのが特徴だ。それだけに習作的と呼ばれる第1番や第2番でも、逆に親しみ易く、魅力的なバッハを披露してくれるだろうし、一方で、重たく深いと言われる第5番でも、初心者にも何かインスピレーションを与えてくれるような演奏になるだろう。また、これまで通りなら四弦のまま演奏する第6番では、難しい高音域での演奏にも目を奪われるだろう。そんな彼のバッハ無伴奏組曲は、まさに変幻自在の音楽世界となることは間違いない。
今回は、2回目の全曲演奏から16年経つが、1回目と2回目の録音の間にも同じぐらいの年月があっただけに、過去の録音を知るファンからすれば、その違いにも注目の演奏会になる。2回の録音でも大きな変化があったが、今回果たしてどんなバッハの無伴奏となるか。
今回の全曲演奏は他にも2つの点から注目される。一つは、番号順に演奏をするということ。特に、第5番は楽譜通りに弾くには特殊な調弦が必要で、第6番は五弦チェロのために書かれた曲なので、第4番から弾くことをためらう演奏家が多い。それに敢えて挑戦するところにヨーヨー・マの凄さが窺える。もう一つの注目点は、6つの組曲の前に、別の作曲家の楽曲を演奏するプログラムということだ。しかも、その内容に驚かされる。オコナー、グラスといった比較的親しみ易い佳曲がある一方、クラムやヒンデミットの無伴奏チェロ・ソナタといった、バッハの無伴奏の間に挟む曲とは言えないような、技術的にも、音楽的にも、高い水準を要求されるものもある。従って、今回の連続二晩の無伴奏の夕べを聴くことは、チェロの古典から現代までの名曲を一挙に聴くことができる貴重な音楽体験になるだろう。

文:山田真一

★10月28日(月)、29日(火)・サントリーホール

問:ミュージックプラント 03-3466-2258

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