バッハの無伴奏を録音することは10年前から決めていました
1998年3月に小林研一郎指揮の日本フィルハーモニー交響楽団とメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾いてデビュー。活動20周年を迎えた川畠成道が記念アルバムに選んだのは、「ヴァイオリン音楽の原点であり最高峰」と語るJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全曲だ。実はこの選曲、10周年のときにすでに決めていたという。
「この作品群に取り組むのはとても勇気がいることです。いつどのタイミングでやるか。当然ながら音楽的な経験値とフィジカルな技術がうまく交差した時に演奏するのがベストですが、そこに踏み出す勇気が持てないというのが、自分のみならず多くのヴァイオリニストが行き当たる壁だと思います。でも踏み出さないといつまでも前に進めない。だから自分は10年前から『20周年はバッハ』と公言して、ある意味、自分にプレッシャーをかけながらやってきたのです。いまの私が感じているバッハ、自分のやりたい音楽ができたと納得していますが、遠い将来に振り返ってみたとき、もっと良いものを作れると感じているかもしれない。できればそのように成長していたいですね」
現代のバッハ演奏において、古楽演奏の影響を無視することは難しいと思うが、川畠はぶれない視点で、それが最重要事ではないと語る。
「たしかに選択肢として広がったとは思いますが、自分のやりたい音楽は何か、それに対してどれだけ純粋に自分の求める表現を作っていけるのかが大事なのです。最近の風潮として、古楽とモダンのどちらを選ぶかという議論が多いような気がしていますけれども、それぞれの良さを生かす、あるいはそのどちらでもない中間的な表現も必ず存在していて、その可能性は無限大です。自分が『どちら派』かということよりも、自分がやりたい音楽に正直であること。まずそれが果たされなければ、聴き手に説得力を持つ演奏にはならないのではないでしょうか。むしろそこが大事ですね」
実際にアルバムに耳を傾ければ、繊細な表現の演奏が、“古楽的”とか“モダン調”とかのレッテル貼りを超えた新鮮な魅力を放っているのがわかる。
「完成された作品だとは思いますが、楽譜をただそのまま再現しても、なかなか音楽にはなりづらい。それだけ演奏家に委ねられている比重が高く、弾き手の個性の違いを感じていただく楽しみも多い作品です。いま自分が伝えたいことはすべて表現できました。川畠成道のバッハを感じていただければと思います」
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2018年10月号より)
CD
川畠成道デビュー20周年記念アルバム
『J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータBWV1001-1006』
ビクターエンタテインメント
VICC-60951〜2(2枚組) ¥5000+税