さらなる高みへ—巨匠が誘う瞑想と思索の旅路
ピアノ・リサイタルの醍醐味は、アーティストの個性をダイレクトに味わえるところにある。音楽に華やかさをまとわせる人、知的に攻めるタイプ、フレッシュな若々しさ——個性の百花繚乱にあっても、ネルソン・フレイレのアダルトな魅力は唯一無二、ますます存在感を増しているのではなかろうか。筆者はつい先日も旅先でその演奏に接することができた。穏やかな微笑を湛えて鍵盤に向かい、落ち着いた足取りで音の伽藍を構築していく。揺るぎない歩みに客席もすっかり納得して、満ち足りた気分に包まれる。経験を積んだアーティストだけが到達しうる境地が、そこにある。
12年ぶりとなった昨年の来日リサイタルに続き、今年も多彩なプログラムですみだトリフォニーに再登場。瞑想的にはじまり、激しく燃え上がるベートーヴェンの「月光ソナタ」に続き、第31番のソナタでは可憐な歌から悠久の時間が姿を現す。ブラームス「4つの小品 op.119」くらい深い省察に満ちた曲でなければ、このはるかなる音の旅を締めくくることはできないだろう。フレイレが私たちをどこへ連れていってくれるのか、考えただけでもワクワクする。
後半はまた違うパレットが楽しめる。今年没後100年を迎えたドビュッシーの「映像」から〈水の反映〉と〈金色の魚〉。後の曲は作曲家が所有していた日本の蒔絵からインスピレーションを受けたものだ。アルベニスの「エボカシオン」(組曲「イベリア」より)の哀愁、遺作「ナバーラ」のリズムに潜むラテンの血が、ブラジル出身のフレイレの中でどう呼び覚まされていくのかにも注目だ。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2018年7月号より)
2018.8/1(水)19:00 すみだトリフォニーホール
問 トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212
http://www.triphony.com/