最高峰の演奏家が日本初演〜ウンスク・チン

作品の、魅力と聴きどころ

 いま世界で最も注目される女性作曲家ウンスク・チンが、現在来日中であることをご存知だろうか? 東京オペラシティで開催中の「コンポージアム2018」のため、9年振りに日本を訪れているのだ。

 5月24日(木)には彼女がこの10年に作曲した3つの傑作が日本初演され、5月27日(日)には彼女がひとりで審査員を務める武満徹作曲賞の本選会が執り行われる。おそらくは現代音楽に強い興味がないと、スルーしてしまいそうな演奏会だが、それがどれほど勿体ないことか。

 今回、2つの協奏曲が日本初演となるのだが、最高峰のソリストがこのために来日している。クラリネット協奏曲を吹くのは、世界最高峰の現代音楽演奏集団アンサンブル・アンテルコンタンポランのクラリネット奏者ジェローム・コントだ。どんなに激しい音楽でも美しく艷やかな音色は失われない、クラリネット奏者のなかでも現代音楽を吹かせたら現役ナンバーワンの演奏家である。

■クラリネット奏者ジェローム・コント

 そして、メインプログラムとなるチェロ協奏曲では、弱冠20歳でドレスデン国立歌劇場管弦楽団の首席チェリストに就任したことが話題となったイサン・エンダースがソリストを務める。今年30歳という若さながら、既にチョン・ミョンフン、クリストフ・エッシェンバッハ、エリアフ・インバル、ズービン・メータといった巨匠指揮者からも信頼の厚い天才チェロ奏者だ。

■チェロ奏者イサン・エンダース、J.S.Bach無伴奏チェロ組曲トレイラー

 では、これほどの役者が揃って日本初演に挑むウンスク・チンの作品とは、どのようなものなのか。演奏会に先立って5月23日(水)に開催された講演会「ウンスク・チン、自作を語る」で惜しみなく明かされた、プログラムノートにも載っていない作曲上のコンセプトやイメージを、作曲家自身の言葉をもとに迫ってみよう。

講演会「ウンスク・チン、自作を語る」より
(C)大窪道治/写真提供:東京オペラシティ文化財団 

 まず最初に演奏されるのは《マネキン》という管弦楽曲。将来的にはバレエ音楽へ発展させることも想定した、全4曲で構成された動きのあるダイナミックな作品だ。
 そのタイトルの通り、人形が物語の鍵を握るE.T.A.ホフマンの小説『砂男』(バレエ《コッペリア》、オペラ《ホフマン物語》の原作)から4つの場面を抜粋して描いた、いわば標題音楽である。砂男という小説は有名な民話が原案となっており、大人たちは「早く寝ないと砂男に目を盗まれるよ!」と遅寝の子供たちを脅かすのだという。

第1曲「ミュージック・ボックス ー 熱い夢」では、チェレスタの響きが砂男の主人公ナタナエルが子どものときに聴いたオルゴールを表しており、その綺麗なメロディは段々と恐ろしい響きに変わっていく。子どもの頃に聞かされた砂男の話が強迫観念となり、悪夢としてうなされるようになってしまうのだ。

第2曲「砂男と子ども」は、嫌な老人コッペリウスの登場を、コントラバスの低い音で描くところから始まる。寝ないで錬金術の実験を覗き見していたナタナエルは怒られ、怪我をさせられてしまう。最後には錬金術は大失敗。大きな爆発が音楽でも起こる。

第3曲「機械仕掛けの少女の踊り」では、機械人形とは知らずに美しい少女オランピアにナタナエルが恋をする場面。機械仕掛けであるオランピアのダンスを表現するため、楽器全体がまるで「打楽器オーケストラ」のようなサウンドに仕立てられている。

第4曲「盗まれた目」は、実際に目が盗まれてしまい、目があった箇所をズームインしていったらそこに何があるのだろう?・・・という身の毛もよだつ考えを音楽にしたもの。バスマリンバ等の低音の響きと、ビブラフォン等による高音楽器による雄叫びのような鋭い響きを組み合わせることで恐ろしさを表現している。最後にはナタナエルが塔から落ちて死んでしまうという悲惨な物語を表現するため、作曲者自身にとってこれまで作曲した音楽のなかで最も暴力的で恐ろしい音楽になったという。

 次に演奏されるのは《クラリネット協奏曲》
第1楽章「ミラージュ(蜃気楼) ー ファンファーレ ー オーナメント(装飾)」はタイトルの通り、3つの要素が重ね合わされている。「ミラージュ」の部分では、口笛を使って言語的コミュニケーションをする民族からの影響を受けている。

第2楽章「ヒュムノス(賛歌)」は、想像上の民族音楽として作曲された。重音奏法を効果的に用いて、まるでクラリネットがもう一本あるかのような錯覚をもたらす。

第3楽章「インプロヴィゼーション・オン・ア・グルーヴ(グルーヴする即興)」では、釣り用のリール(!?)が打楽器として用いられる。打楽器によって作られた音の花壇が広がる上に、まるでジャズの即興かのような自由さでクラリネットが展開していく。

 休憩を挟んで最後は、《チェロ協奏曲》が演奏される。通常、構想から完成まで4〜5年かけて作曲することが多いというチンが、なんと7年もかけて完成させた力作であり、平均して年3回以上のペースで再演されている彼女の代表作だ。

第1楽章は、中心となる「ソ♯」の音が全体を支える柱のような役割を果たすなか、チェロは終始演奏をし続け、オーケストラは幽霊のように絡み合う。

第2楽章は、スケルツォのような短い楽章。打楽器が作り出すリズムパターンに乗っかって、チェロが飛び跳ねるようなリズミカルな音楽が展開する。

第3楽章は、チェロが弾くシンプルなメロディをコントラバスの繊細な響きによってまるで綿で包んでいるかのような雰囲気を作り出す。

第4楽章は、何度も攻撃をしかけてくるオーケストラに対し、チェロは「お皿を洗いながら鼻歌を歌っているような感じで」しばらくはマイペースに演奏し続ける。しかし、しつこい攻撃に対して次第に反応を返すようになり、最後にはチェロが勝利を収める。

 作曲者自身の解説をもとに全3曲を追ってみると、どの楽章にも物語やアッと驚く仕掛けが用意されていることがご理解いただけるだろう。講演会の最後には「伝統でも前衛でもない、その間にある音楽」を目指しているのだと語っていた姿がとりわけ印象に残った。現代音楽の歴史を、今まさに最前線で更新しているウンスク・チンの音楽を是非、自分の耳で体感していただきたい。
(取材・文:小室敬幸/作曲・音楽学)

講演会「ウンスク・チン、自作を語る」より
(C)大窪道治/写真提供:東京オペラシティ文化財団 

■ウンスク・チンの音楽
2018年5月24日[木]19:00
東京オペラシティ コンサートホール

指揮:イラン・ヴォルコフ
クラリネット:ジェローム・コント
チェロ:イサン・エンダース
読売日本交響楽団

ウンスク・チン
マネキン(2014-15)[日本初演]
クラリネット協奏曲(2014)[日本初演]
チェロ協奏曲(2006-08, rev.2013)[日本初演]

全席指定:
一般 ¥3,000 学生 ¥1,000(税込)

■コンポージアム2018「ウンスク・チンを迎えて」
https://www.operacity.jp/concert/compo/2018/