ロンドンで培った感性が息づくアルバムをリリース
12歳で渡英、20年間をロンドンで過ごして2015年に帰国したピアニスト綱川千帆がデビューCD『ノスタルジア』をリリースする。D.スカルラッティのソナタに始まり、ベートーヴェン、プーランク、ラヴェル、そしてバルトークの「ルーマニア民族舞曲」、プロコフィエフの「束の間の幻影」と、幅広い時代のレパートリーが並ぶ。
「ロンドン時代、ルーマニア人のヴァイオリニストとデュオを組んでいたので、ルーマニアは何度も訪れました。首都ブカレストから少し離れると、馬車が走る農村の風景があります。人々が路上で踊っている。結婚式では実際に、バルトークの曲中にあるような足踏み踊りを踊るのだそうです。そのように、ロンドンで経験したことや学んだこと、さまざまな思いが詰まったアルバム。そして自分が故郷や過去を懐かしむだけではなく、聴いている方にも懐かしいビジョンが見えてくるような作品にしたいと思いました」
冒頭のスカルラッティでは、バロック作品ながらモダンでロマンティックな表現を採っているのが印象的。ロンドンは古楽の中心地のひとつでもあるはずだが?
「もちろんスタイリスティック・パフォーマンス(古楽奏法)のクラスもいっぱいありましたが、私が演奏しているのはチェンバロではなくフルサイズのモダンピアノで、ホールも音のよく響く現代の建物。スカルラッティはバッハやヘンデルと同年代のバロック時代の作曲家でしたが、彼の音楽には当時としては極めて斬新な技巧が含まれていました。先生からは『Make music personal—自分が弾きたいように弾いて、それが聴いている人に対して説得力があるのなら、それでいいんだよ』と言われてきました。古楽の奏法も理解したうえで、これを録音した時はこういう気分だったというか(笑)。私は、ホールや楽器の響きによって、解釈がかなりスポンテーニアスに変わってくるのです。あらかじめ用意していたプランと正反対になることもあります」
スポンテーニアス(自発的、即興的)という言葉を何度も口にする。その自由度が彼女流、英国流のようだ。たとえば運指や装飾音なども、練習では神経質なほど毎回同じやり方で繰り返すのだけれど、本番ではそれにとらわれないのだという。「そのほうが新鮮だから」。どれだけ自然な流れで表現できるかが重要なのだ。
現在は故郷の栃木を拠点に活動中。
「活動のためには東京に出たほうがよいのでしょうが、ロンドンもそうだったけれど、栃木のほうが時間がゆったり感じられます」
自分の音の細部に耳を澄ましたいという彼女には、ふさわしい選択なのにちがいない。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2018年6月号より)
CD
『ノスタルジア』
コジマ録音
ALCD-9183
¥2800+税
2018.6/7(木)発売