演奏することは“恋をすること”に似ています
日本人の海外留学が非常に難しかった時代に単身ニューヨークに渡り、ショルティやスラットキンなど、世界的な芸術家たちからその演奏を惚れこまれた田崎悦子。30年のニューヨーク滞在を経て帰国した後も、意欲的なプログラムによる演奏活動や「Joy of Music」という教育活動を開拓してきた。ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスの最後の作品を3回にまとめた「三大作曲家の遺言」シリーズを3年前に終えた田崎が今回取り組むのは、19世紀ロマン派の代表、ショパン、シューマン、リストという「三大作曲家の“愛と葛藤”」をテーマとする2回シリーズのリサイタル。
「前回のシリーズを終えたとき、もうピアノを弾かなくてもいいと思ったくらい作品に没入し、それまで勉強したすべての事がらを投じた感があり、それこそ、私の“遺言”のようなつもりで作品に取り組みました。その後、旅に出たり、小品とお話を交えたサロンコンサートを行ったりするうちに、自分の中で“明日死ぬとしたら何を弾く?”という問いが浮かんできました」
そしてその答えが、リスト「ピアノ・ソナタ ロ短調」、シューマン「ダヴィッド同盟舞曲集」、そしてショパン「幻想ポロネーズ」であった。これらはPart 1のプログラムとなっている。
「でも、こうした曲が浮かんだ後にすぐ“これでは全然足りない”と思い、Part 2の選曲を始めていました。ちなみにPart 2では、『マズルカ集』より数曲、『クライスレリアーナ』、『巡礼の年第2年』より『ダンテを読んで』を含む全7曲を弾きます。前回は3人の作曲家の崇高な側面、この世から離れた世界を見つめましたが、今回はショパン、シューマン、リストの3人の作曲家の若い頃の作品を中心にしています。彼らの愛や葛藤の中にある、ドロドロとした内面性や人間的なものをとても強く感じる作品群です。そして3人が葛藤の果てに見出した幸せな瞬間を一緒に味わいたい」
田崎は、演奏をすることは“恋をすること”に似ていると語る。
「恋をするということは、その人のことを知りたくて寄り添っていくこと。なので私は楽譜をもちろん深く読み込みますが、同時に作曲家の伝記や書簡を繰り返し読んで、その人を理解しようとすることを大切にしています。私は作曲家の“黒衣”なんです。作品を見て、それに寄り添って、そのすべての繊細なディテールを生かし、伝えなくてはなりません。“自己”が出てしまうと本来の作品の内容を伝えることができない。こうしたあり方は、幸運にも若い頃教えを受けた齋藤秀雄先生やパブロ・カザルスや、ルドルフ・ゼルキンの姿から学んだことで、ずっと私の中で息づいているのです」
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2018年5月号)
田崎悦子 ピアノリサイタル 「三大作曲家の愛と葛藤」
Part 1 2018.5/26(土)
Part 2 2018.10/13(土)
各日14:00 東京文化会館(小)
問:カメラータ・トウキョウ03-5790-5560
http://www.camerata.co.jp/