沼尻竜典(指揮)

モーツァルトは《魔笛》で一歩踏み越えた境地に達したと思います

リューベック歌劇場ロビーの100年ものの木製扉の前で撮影
 今年、開場55周年を迎える日生劇場は、“モーツァルト・シリーズ”としてモーツァルトのオペラ4作品を上演する。その第一弾は、国内外の歌劇場で活躍する指揮の沼尻竜典と、海外で研鑽を積み同劇場初登場となる演出の佐藤美晴がタッグを組んでの《魔笛》。日生劇場としては10年ぶりとなる新制作だ。
 これまで様々なオペラを指揮してきたマエストロだが、《魔笛》は、キャリアの出発点となった作品でもある。
「大学を卒業してすぐ、日生劇場の《魔笛》で指揮の手塚幸紀さんのアシスタントを務め、オペラの世界のしきたりなどもいろいろと教えていただきました」
 《魔笛》を振るのは今回が2回目。音楽カットなしでは初めてとのこと。このオペラの魅力についてはまず…。
「とにかく音楽が素晴らしい! 物語としては一見タミーノとパミーナのラブストーリーのようだけれど、そう単純ではなく、人間の成長についてや“生きる喜びとは何か”という哲学的考察も織り込まれています。どの曲も好きですが、特に挙げるとしたらパミーナとパパゲーノの二重唱。愛し合うペアではない2人が愛について歌うデュエットというのは、多くのオペラを見渡しても珍しいのではないでしょうか」
 日本では、びわ湖ホールの芸術監督として手腕を発揮し、大きな話題を集める。2016年度からスタートしたワーグナー《ニーベルングの指環》全4作を新制作する「びわ湖リング」も好評で、今年3月に《ワルキューレ》を終えたばかり。その経験から、モーツァルトのオペラについても読みは深い。
「モーツァルトのオペラと一口に言っても、《魔笛》は、《フィガロの結婚》などとはまた違った世界です。モーツァルトは《魔笛》で、一歩踏み越えた境地に達したのではないでしょうか。そこでの“神秘”や“奇蹟”の扱いには、ワーグナーに通じる部分もあります。タミーノの“笛”やパパゲーノの“鈴”といったアイテムの活用は《指環》を連想させますし、”清らかな愚か者”が出てきたり、全体を覆う神聖な雰囲気は《パルジファル》を彷彿とさせます。それぞれの作曲家が最後に行き着いた境地がどことなく共通しているのは、大変興味深いです」
 オペラを指揮するときはいつも、音楽と演出がマッチしているか気になるそうで、若手の佐藤には「人と違うことをやろうと思い過ぎないで、作品をリスペクトし、音楽の力を信じて、その力をうまく活かしてほしい」と期待を語る。また今回の公演は、マエストロが信頼を寄せる実力派歌手たちが、ダブルキャストで登場するのも注目だ。
「タミーノ役の西村悟さんは、昨年のびわ湖ホールでのローゲ役が素晴らしかった。カッコいい役も、そうでない役もできる方です。山本康寛さんは、びわ湖ホール声楽アンサンブル出身。パミーナ役の森谷真理さんは、びわ湖ホール《リゴレット》が日本初舞台で、その時は彼女が住むオーストリアのリンツまで出演のお願いに行きました。砂川涼子さんはイタリア系オペラの歌手と思われがちですが、ドイツものもお得意で、以前共演した《死の都》でも圧倒的な歌唱で喝采を浴びました。青山貴さんはとにかく声がいい。母性本能をくすぐる資質があるのでパパゲーノ役にはピッタリです」
 夜の女王役は、若手の中江早希、海外の歌劇場で活躍する角田祐子が起用される。
「若手の登用は日生劇場の伝統です。中江さんにはこれからもどんどんオペラに出ていただきたいですね。角田さんは、ドイツの一流歌劇場でこの役を歌い尽くしてきました。そして角田さんと同じシュトゥットガルト歌劇場の専属歌手を長年務めている、石野繁生さんのパパゲーノにも大注目です」
 マエストロの頭の中ではすでに、歌手たちの声が弾み、モーツァルトの音楽が鳴り響いているようだ。
「日生劇場は、歌手たちの息づかいが客席の隅々まで伝わる、モーツァルトには最良の劇場です」
 マエストロの流麗なタクトで素晴らしい舞台に出会えることを楽しみにしたい。
取材・文:柴辻純子
(ぶらあぼ2018年5月号より)

【Profile】
びわ湖ホール芸術監督、トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア音楽監督、リューベック歌劇場首席客演指揮者。1990年のブザンソン国際指揮者コンクール優勝以後、ロンドン響、ベルリン・ドイツ響、ベルリン・コンツェルトハウス管、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響、フランス放送フィル、モントリオール響等のオーケストラ、ケルン、ミュンヘン、ベルリン、バーゼル、シドニー等の歌劇場へ客演。びわ湖ホール、リューベック歌劇場でも数々のプロダクションを成功に導いている。2014年1月にはオペラ《竹取物語》を作曲・世界初演。17年紫綬褒章受章。

【Information】
NISSAY OPERA 2018 《魔笛》

2018.6/16(土)、6/17(日)各日13:30 日生劇場 
2018.10/6(土)15:00 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

指揮:沼尻竜典 演出・上演台本:佐藤美晴
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団(6/16,6/17) 日本センチュリー交響楽団(10/6)
合唱:C.ヴィレッジシンガーズ
問:日生劇場03-3503-3111 http://opera.nissaytheatre.or.jp/
  びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136  http://www.biwako-hall.or.jp/