
緻密な構成力と高度な技術を併せ持つピアニストの小川典子。多様なレパートリーで聴衆を魅了し続ける彼女が、ホールアドバイザーを務めるミューザ川崎シンフォニーホールで5年ぶりとなるソロ・リサイタルを行う。バルトークのピアノ・ソナタにベートーヴェン、ブラームスの後期作品を並べた「三大B」プログラムとなっている。
「近年はゲストをお招きしてのリサイタルが続いていたのですが、いつもの私とは違う傾向の楽曲を皆様にお聴きいただきたいという想いが強くなり、今回のプログラムを組んでいきました。“三大B”といえばバッハが最初にくるのでは、と思われるかもしれないのですが、バッハは奏法や装飾法など、様々な研究の上で成り立つ音楽なので、その道のスペシャリストに弾いていただきたいと思いました。それよりも私自身が共感するところの多く、民俗音楽の土臭さを洗練された響きに昇華させたバルトークの魅力を改めてお届けしたいと、彼にとって唯一のピアノ・ソナタを選んだのです」
それに続くのはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番だ。
「『熱情』など中期のソナタはよく弾くのですが、後期は久しぶりですね。近年、指導していると若い方の後期の3大ソナタに対する情熱に触れることが多く、触発されてしまいました。第30番は私自身学生時代から演奏していましたが、見直してみると、本当に様々な発見がありますね」
そして今回の企画のきっかけにもなり、小川が今一番力を入れているのがブラームスだ。
「室内楽作品は本当にたくさん弾きましたし、協奏曲も演奏してきました。ただ、独奏曲はほとんど弾く機会がなかったのと、若い頃はそもそも弾いていてあまり理解が追い付かなかったのです。しかし、ブラームスが今回取り上げる3作品(op.117〜119)を書いた頃と自分の年齢が近くなり、久しぶりにop.118(6つの小品)を取り出してみたら、昔と全く感じ方が変わっていることに気が付いたのです。言葉に表せない感情を小品として作り上げ、しかもそれがシンプルな形で成り立っている、というところにとても感動してしまって。そして“こうなったらop.117(3つの間奏曲)もop.119(4つの小品)も弾かなければ!”と、今回のプログラミングがはじまりました」
ブラームスを弾くにあたり、これまで弾いてきた室内楽作品での経験が活きているという。
「様々な楽曲を器楽奏者の方とご一緒するなかで、旋律の歌いまわしや強弱の変化のさせかたなど、独奏楽器ならではの表現をいろいろと教えていただける機会がありました。その時の経験は今回の後期作品をピアノで歌うにあたりとても大きく活きていますね」
華やかな音色、ドラマティックな表現で聴衆を魅了してきた小川だが、今回のリサイタルでは違った一面に出会うことができるだろう。
「作品にあふれる感情を抑制された音数を用いてどのように表現できるか、未知数なところもありますが、その挑戦をぜひ多くの方にお聴きいただければと思います。ミューザ川崎シンフォニーホールはこれまで多くの公演で弾かせていただいた場所であり、ホールの響き、ピアノの音色などあらゆることを知り尽くしています。だからこそ今回の挑戦に踏み切ることができましたし、最大限に今できる表現を突き詰めたいと思います」
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2026年1月号より)
ホールアドバイザー小川典子企画 小川典子ピアノ・リサイタル「三大B」
~バルトーク・ベートーヴェン・ブラームス~
2026.2/28(土)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp

長井進之介 Shinnosuke Nagai
国立音楽大学大学院修士課程器楽専攻(伴奏)修了を経て、同大学院博士後期課程音楽学領域単位取得。在学中、カールスルーエ音楽大学に交換留学。アンサンブルを中心にコンサートやレコーディングを行っており、2007年度〈柴田南雄音楽評論賞〉奨励賞受賞(史上最年少)を機に音楽ライターとして活動を開始。現在、群馬大学共同教育学部音楽教育講座非常勤講師、国立音楽大学大学院伴奏助手、インターネットラジオ「OTTAVA」プレゼンターも務める。
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